第1回 がんの放射線治療 最前線

 

 

将来は風邪にかかったのと同じように、完全に治癒して、
社会復帰できる病気に

平岡真寛(ひらおかまさひろ) 先生
〈京都大学医学部付属病院放射線治療科教授〉

急速に進歩するがんの放射線治療。
その中でも「強度変調放射線治療」「動体追尾放射線治療」など、その最前線を行かれるのが平岡真寛先生です。がんの放射線治療の最前線をうかがいました。



放射線は「諸刃の剣」。
「正義の味方」であり「悪徳代官」


――この10年くらいの間にがんの放射線治療が非常に進歩したとお聞きしていますが。

平岡 放射線治療は、レントゲン博士がX線を発見したのが1985年。その翌年には放射線治療がされていますので、125年くらいの歴史があり、第二次世界大戦後、高エネルギーのX線が開発され、深い部位にも自由に放射線が当てられるようになりました。

しかし放射線は、今回の福島の原子力発電でも問題になりましたように、がん細胞だけでなく正常な組織にも損傷を与えます。放射線は細胞を効率よく殺傷しますので、がんをやっつける点では「正義の味方」ですが、正常組織を痛める点では「悪人」「悪徳代官」で、放射線は「諸刃の剣」です。放射線治療の歴史は、いかにがん細胞への殺傷効果を高めて、正常組織の障害を少なくするかの歴史です。

その方法には、2つのアプローチがあって、1つは「生物学的なアプローチ」です。
同じ放射線量があたっても、がんだけがより選択的にやっつけられるという方法、抗がん剤との併用、分子標的治療との併用などがあり、最近は、がんだけに存在して放射線治療抵抗性の原因である低酸素環境を標的とした治療法が話題となっています。

もう一つの方法は、「物理工学的アプローチ」です。
最新の物理工学の技術、あるいはコンピュータ技術を使って、周囲の正常組織を避けて、がんだけに選択的に放射線を当てようとする方法で、最近の進歩の多くはこの方法です。

その中で、「定位放射線治療」と「強度変調放射線治療」、この二つががんの放射線治療の最先端です。

まず、「定位放射線治療」です。よく知られている「ガンマナイフ」と呼ばれる、脳の一つの小さな腫瘍に多方向から放射線を集中して、腫瘍だけに放射線を集中する治療法と同じ原理です。通常のX線装置を使ってガンマナイフのようなことができないかと開発され、細く絞った放射線をいろいろな方向から打って小さいがんを狙い打ちします。

一回に大線量を打つことができるので非常に効果が高く、早期の肺がん、早期の肝臓がん、早期の脳内の病変に効果的です。がん細胞が小さくなければこの技術が適用されず、多くは3㎝ぐらいがいい適応です。転移性の肺がん、肝がんなどにも一定の条件下で適用されます。


「強度変調放射線治療」
がんの形に照射範囲を最適化
照射範囲の中の線量強度を変える


――強度変調放射線治療」というのはどのような方法ですか。

平岡 コンピュータの助けを借りて、腫瘍のみに放射線を照射できる革新的な照射技術です。がんの形に合わせてがん細胞を狙い撃ちにして、さらに放射線の強度も部分に応じて変えることができます。小さいがんより、大きさが4㎝とか5㎝とかの局所進行がん、あるいは周囲に非常に放射線に弱い正常組織があるようながんに対して効果的です。

前立腺がんを例にとりますと、前立腺は、膀胱と直腸に囲まれていて、しかも前立腺がんの形はクルミのような形をしています。「定位放射線治療」ではその形のために、直腸や膀胱にも放射線が当たるので、放射線による前立腺の治療はできませんでした。

ところが「強度変調放射線治療」では多方向から、なるべく前立腺の形に合うように照射範囲を最適化して、照射範囲をクルミの形にします。さらに最適化された照射範囲の中の線量強度を変えることができるので、どんな形のがんにも的確な照射ができるようになりました。

――どのようにして、線量強度をかえることができるのですか。

平岡 照射範囲の中の線量強度の変化させることは、もう人の頭ではできないのでコンピュータの技術を使います。がんをやっつけるためには、「何グレイ以上必要」と指示して、さらに「正常組織が障害されないようにするには何グレイ以下が必要」と指示するとコンピュータが計算してくれますので、その指示通りに操作すればいいのです。

「定位放射線治療」では「こういう風に撃ったらうまくいくに違いない」と人間の頭で考える治療ですが、「強度変調放射線治療」は、医師が欲しい目的の答えをコンピュータがしてくれます。最終的に前立腺のクルミ状の形の線量分布ができて、膀胱・直腸のことは心配しなくて前立腺の線量を上げて、72から78グレイの高線量照射が実現できます。そのくらいまで放射線を当てると効果は手術と変わりません。いま日本を含めて全世界的に前立腺がんの治療としては手術と放射線治療があって、その効果はほとんど変わりません。それぞれ特徴がありますので患者さんが自分の好みに合わせて選ぶという時代になっています。

「強度変調放射線治療」は、前立腺がんの例のように、必要なところに必要な線量を塗り絵のように配分していくことができます。ICT(情報工学)ががんの治療に最もうまく活用された例の一つと言われています。

――前立腺がんのほかに、どんながんが「強度変調放射線治療」の適用になるのですか。

平岡 中枢神経腫瘍、頭頸部腫瘍、食道がん、悪性胸膜中皮腫、縦隔腫瘍、膵臓がん、子宮がん、後腹膜腫瘍、骨腫瘍など、多くのがんの治療に適しています。また、健康保険適応で治療できます。


――次回へつづく。


平岡 真寛 先生略歴
1952年愛媛県生まれ。
77年京都大学医学部卒。
同大学附属病院、
川崎医科大学、
スタンフォード大学留学などを
経て、84年から現職。
日本がん治療認定医機構理事長。
日本放射線腫瘍学会監事。
日本がん分子標的治療学会理事。
日本乳がん学会理事など。