第2回 がんの放射線治療 最前線

 

「動体追尾放射線治療」で臓器の動きに対応した、
さらに的確な照射を

平岡真寛(ひらおかまさひろ) 先生
〈京都大学医学部付属病院放射線治療科教授〉

――平岡先生はさらに「四次元治療」に取り組んでおられるとお聞きしていますが。

平岡 中枢神経腫瘍、放射線によるがん治療は、一、二方向から照射する二次元照射から、多方向から照射する三次元照射になって非常に進歩しました。
これに時間軸を入れたのが「四次元治療」です。我々は「動体追尾放射線治療」と言っています。
放射線治療では脳のように固定されている臓器には、ミリ以下の高精度で治療できますが、肺・肝臓・すい臓をはじめ、ほとんどの臓器は呼吸などによって動いています。当然その中のがんも動きます。これまではがんが動く範囲を全部カバーして照射していましたが、照射範囲が広くなって副作用が増えて、十分な線量が入れられないという問題がありました。
そこでがんを追尾して、がんの行くところを予測して、放射線をそれに合わせて撃つという技術を開発して、実際の患者に実施することが可能となりました。

今のところ、呼吸で動いて治療成績の上がっていない難治がんの、肺がん・肝臓がん・すい臓がんを対象にしています。しかしまだ肺がんでも20例未満、肝臓がんで数例、すい臓がんが五月からスタートしたところです。まだまだこれから患者さんを治療してみてその有効性を検証して行く段階です。

このような治療を可能にした装置の一つが「画像誘導放射線装置」と呼ばれる装置で、三菱重工業製のMHI-TM2000は京都大学もその開発に参加し、赤外線カメラとX線撮影装置による2つの位置決め機構による自動移置機能に、コーンビームCT撮影装置によって、治療室内で撮影したCT画像で、腫瘍の移置を確認することができて、正確な照射ができます。この装置は、2007年にはアメリカの薬事承認を得て、日本では2008年、ヨーロッパでも取り、世界中で活躍しています。

「病院全体としてがん治療に取り組み、放射線治療の専門医を持っている
病院を受診しよう


――強放射線治療は、手術とまた異なる怖さがあるような気がするのですが。

平岡 みなさん、肺がんの放射線治療と聞くと、「なにか大変なことが起こるのではないか」と身構えられます。しかし実際に「定位放射線治療」を受けられるとあまりの楽さに、「これでほんとにがんが治るんですか」と言われます。そのくらい最近の放射線治療は楽になりました。


――肺がんはほとんど放射線で治りますか。

平岡 肺がんは早期の段階で転移を起こしやすいがんであり、手術、放射線治療といった局所治療だけで完治させることは容易ではありません。ただ、早期肺がんについては、症例によっては放射線だけでしっかり局所を治すことができるようになりました。少し進行したがんは放射線と抗がん剤の併用です。
放射線治療の役割が大きくなった背景には、抗がん剤の進歩があります。肺がんは少し進行すると残念ながら放射線だけでは治りません。そのために少し進行した肺がんは手術だったのですが、放射線と抗がん剤を組み合わせると、非常に放射線の効果も高まって治るようになりました。


――抗がん剤で小さくしてから照射するのですか。

平岡 抗がん剤だけで、がんが小さくなる可能性はそれほど高頻度では起こりません。放射線と抗がん剤治療の同時併用を行うと両者の相乗効果が出て、1プラス1が3になって効果が強くなります。患者さんが少しつらい部分はありますが手術に匹敵するくらいの効果が得られることも少なくありません。


――かつては、つらい思いをしても治らないと言われましたが。

平岡 私が放射線治療医になった時は、そのような状況もありました。この20年間放射線治療は確実に進歩してきて、治療成績の向上も得られましたし、すべてではありませんが、最新の物理工学あるいはコンピュータ技術の導入により、患者の負担は大きく軽減しました。私も自信を持って、「私の親は放射線で治療しよう」と思っています。一度放射線治療を受けられた方は、良くお友達に薦められると聞いています。
今でも「根治治療は手術」と言われていますが、実は根治治療できる放射線治療が非常に進歩しました。まだ「手術しましょう」といえば「手術できるんですか」と喜ぶ方も多いのですが、そんな時代ではなくなりつつあります。「強度変調放射線治療」のところで言いました様に、前立腺がんでは、放射線治療と手術とで成績が変わらなくなって、放射線治療を選ぶ人が増えています。食道がんも同じです。


――放射線治療が、急速に発達してきただけに、どんな医療機関を選ぶかが難しいのでは。

平岡 そうです。放射線治療は最近注目されていることもあり、資金のある民間病院がまったく経験もないのに放射線治療を開始して問題が起こりうる可能性があります。病院全体としてがん治療に取り組み、放射線治療の専門医を持っている病院を受診すべきと思います。


――これからのがん治療について。

平岡 がんは2人に1人がかかる病気なのに、怖い病気、治療が苦しい、副作用が強い、治っても完全な社会復帰はできないなど、犠牲を払って当然だという風潮があります。しかしすでにかなりのがんが、つらい思いをしないで完治するようになってきました。将来は風邪にかかったのと同じように、完全に治癒して、完全に社会復帰できる、そういう病気に変わって行くべきです。私達医師はそのために頑張らねばならないと思います。高齢の方にも優しく、有効性が高くて、健康長寿を85歳の方が95歳まで伸ばせる医療になるようにしなければならないのではないでしょうか。


――ありがとうございました。




平岡 真寛 先生略歴
1952年愛媛県生まれ。
77年京都大学医学部卒。
同大学附属病院、
川崎医科大学、
スタンフォード大学留学などを
経て、84年から現職。
日本がん治療認定医機構理事長。
日本放射線腫瘍学会監事。
日本がん分子標的治療学会理事。
日本乳がん学会理事など。