特別企画 「医療の未来を見つめて」 第1回再生医療の最前線

 

澤 芳樹 先生

〈大阪大学大学院医学系研究科・医学部 医学系研究科長 医学部長 外科学講座心臓血管外科主任教授〉

再生医療などでの実用化へ向けて着々と進むiPS細胞の研究。4月に京都で開催された「第29回 日本医学会総会2015 関西」でも、大きな注目を集めました。iPS細胞による心臓の再生医療の研究に取り組んでいる大阪大学の澤芳樹医学部長に、その最前線をお話いただきました。

 私たちは、iPS細胞が出てくる以前、20年近く前から心筋の再生医療に取り組んでいます。約14年前には、東京女子医大の岡野光夫(てるお)先生と細胞シートの研究を始めました。そこから動物実験を重ね、2007年にヒトの再生医療をスタートした。患者さんの足の筋肉の細胞を使う治療法です。
この細胞を心臓に貼りつけることで、一定の効果が得られました。ただ、この治療法が有効な患者さんがいる反面、より重症の方々もいる。こうした患者さんをどう救うのか、ということが問題です。
この治療法は、細胞が出すサイトカインという物質が心筋を助けることで効果があります。ある程度、心筋が元気なうちに行えば、この治療は意味がある。しかし、心筋細胞が減って心不全が進行してしまうと、この方法では治らない。

こうした患者さんには、心筋細胞そのものを補充する必要がある。そこで、2008年からiPS細胞による再生医療の研究を始めた。京都大の山中伸弥先生と共同で研究するようになって、はや7年です。

――最近も新たな研究成果を発表されました。

 今年1月に記者発表したのは、iPS細胞から作製した心筋細胞が、きちんと働くことのメカニズムを明らかにしたという研究です。兵庫県佐用町にある「スプリング8」という巨大な装置を使って、心筋のなかにあるひとつひとつの分子を解析しました。

その結果、iPS細胞から作製した心筋細胞のシートをラットに移植すると、そのラットの心臓と一緒に動くこと、つまり拍動の同期が確かめられました。移植した細胞にあるアクチンとミオシンというタンパク質が横滑りするように動いて、ラットの心臓と一緒になって動いていることが分かったのです。
これは、世界でも初めてのこと。iPS細胞から作った心筋細胞がちゃんと働くことが分かったので、足の筋肉の細胞を移植する従来の治療法とは異なる効果が期待できます。

――ヒトへの応用に向けては、現在どのようなステップにあるのでしょうか。

 京都大iPS細胞研究所(CiRA)が昨年、臨床で応用できるレベルの高い安全性を備えたiPS細胞を、研究用として提供してくれました。
これは、CiRAが進めているストック事業の一環です。通常、他人の細胞を患者に移植すると拒絶反応が起こりますが、まれに拒絶反応が起こりにくいタイプの細胞を持つ人がいる。こうした細胞を集めて備蓄しておく事業です。

細胞には、表面抗原のパターンという血液型みたいなものがあり、これが同一だと拒絶反応が起こりにくいと考えられる。血液型よりはるかにたくさんのパターンがあります。
細胞が持つ抗原は父親と母親から引き継がれたものです。例えば、XYという組み合わせの人がいるとして、これと同一のタイプを見つけるのは難しいとしても、XXという細胞を見つけたらXYの人にもXZの人にも使えます。これが非常に重要なのです。

XXのようなタイプをホモの細胞といいますが、これを50種類ぐらい集めておけば、計算上は日本人の80~90%をカバーできます。XXとかYYのようなタイプの人は骨髄バンクなどに登録されていて、けっこう分かっています。
血液型で言えばO型みたいなもので、誰にでも移植できるのです。そうした人を、もっとたくさん探そうという事業です。この白血球の表面抗原は血液検査で分かります。

ただ、こうした細胞の移植なら免疫抑制剤がまったく必要ないわけではなく、まだよく分かりません。それでも、ある程度は免疫抑制剤を減らすことができるでしょう。私たちは、そのことをカニクイザルの実験で証明しました。

――次回へ続きます。

澤 芳樹 先生略歴

日本再生医療学会

1955年生まれ。
1980年、大阪大学医学部卒業、
大阪大学医学部第一外科入局。
1989年、フンボルト財団奨学生として、ドイツの Max-Planck 研究所 心臓生理学部門、心臓外科部門に留学。
2002年に大阪大学医学部臓器制御外科(第1外科)助教授、付属病院未来医療センター副センター長に就任。
2004年、大阪大学医学部附属病院心臓血管外科副科長。
2006年、大阪大学大学院医学系研究科外科学講座心臓血管・呼吸器外科教授および大阪大学医学部附属病院未来医療センターのセンター長に就任。
2007年、大阪大学大学院医学系研究科
外科学講座 心臓血管外科 主任教授科長。
2009年、京都大学iPS細胞研究所 客員教授。
2010年、大阪大学臨床医工学融合研究教育(MEI)センター センター長。
2015年4月、大阪大学大学院医学系研究科 研究科長・医学部長に就任。