第1回 iPS細胞による重症心不全治療の最前線を行く

 

心臓外科手術のトップランナーとして、
iPS細胞による重症心不全治療の最前線を行く

澤 芳樹 先生
〈大阪大学大学院医学系研究科心臓血管外科教授〉

心臓外科手術のトップランナーとして、世界が日本が認める、大阪大学心臓血管外科は、
今、iPS細胞による重症心不全治療の最前線をまっしぐらに走り続けています。
澤先生にうかがいました。


低侵襲治療心臓手術で、
手術数を増やし若い外科医を育てる

――澤先生の教室では、非常に多くの心臓外科手術をされているとのことですが。

 2006年、私が教授としてスタートしたときには、手術数は350件ぐらいでしたが、現在は850件ぐらい。10年間で、2倍以上の手術数になりました。その内訳は、300例が大血管の手術、200例が弁膜症の手術、100例がバイパス手術、100例が先天性疾患の手術。残りが、心臓移植、人工心臓、最近臨床を始めた再生医療などの心不全手術です。
――いろいろな心臓手術を、数多くされているのですね。

 そうです。それができたのは、まず、低侵襲治療心臓手術で、手術数を増やすことを大きな目標の一つにしてそれを実現することができたからです。
 大学病院は、若い外科医を育てながら患者さんに最高の医療を提供するというのがもっとも大きな使命です。そのためにすべての心臓手術で、低侵襲治療手術を行うことを目標とし、手術の短縮、患者さんの離床期間を早くし、その結果、手術数を増やし若い外科医を育てることができました。

 


ミックス手術、ハイブリッド手術、弁置換手術TAVI(タヴィ)など
さまざまな方法で


――低侵襲治療心臓手術というのは、具体的にどのような手術なのですか。

 3つの手法があります。
まず、 ミックス手術(MICS=Minimally Invasive Cardiac Surgery)です。
弁膜症手術は傷を小さくし、バイパス手術では心臓を止めないで行います。

次に、ハイブリッド手術です。私達は日本で最初にハイブリッド手術室というのを2008年に作り、手術台と心臓血管X線撮影装置を組み合わせることにより、手術とカテーテル操作と両方できるようになりました。

手術で胸を開けながら、カテーテルで治療したり、血管にアプローチするところだけを開けたり、カテーテルの手術で合併症を起こすことがあっても、胸をすぐに開くことができるようになって、早く安全にできるようになりました。

3番目に、TAVI(タヴィ)と呼ばれる弁置換手術です。従来大動脈弁の手術には心臓を止めていましたが心臓を止めないでカテーテルで行う治療です。これまで高齢、ハイリスクの患者さんに、人工心肺を使って手術をすると、手術はできるが手術のあとに立ち上がれない、合併症で亡くなるなど、リスクが極めて高かったのですが、カテーテルを使うと、90歳の方でも手術翌日にはご飯を食べて1週間で退院することができるようになりました。

この弁置換手術は世界的にはスタートは遅れたのですが、大阪大学では、基準作りをしっかりして安全に始めたことによって、海外の手術では死亡率が8%に対し、日本では0・6%と素晴らしい成果を上げています。大阪大学は、日本で最初に、1例目を2009年の10月に行い、以後、年間100例ぐらいを行っています。今、日本中で30数施設、年内には60~70の施設で行われる予定で、日本中で月に100例以上行われています。

また、動脈の手術も、低侵襲手術に切り替えてから、極めて早く離床ができて、手術時間が短くなり、1日に手術を2つ3つできるようになり、多くの患者さんが、早く家に帰っていただけるようになりました。


再生医療は患者さん自身の心臓細胞を活性化する
すでに足の筋肉からの再生医療で、患者さんは非常に元気

――重症心不全治療には、心臓移植だけでなく、現在はiPSなどによる再生医療の臨床をされているとのことですが。

 「低侵襲治療心臓手術」とともに、もう一つ私が目標としたのは、重症心不全手術の新しい道を切り開くことでした。

心不全で、弁を入れ換えたり、バイパス手術をしたりして患者さんが良くなるのは、患者さんの心臓の予備力がまだまだ十分にあって、血流が良くなって心臓の細胞が動き出して良くなるのです。しかしその予備力がバイパスをしても、弁を換えても治らなくなってきているのが重症心不全で、これまでは心臓移植で別の心臓にとり替えるか、人工の心臓に取り替えるしか方法がありませんでした。

しかし心臓移植にも人工心臓にもそれぞれ拒絶反応や血栓などの問題があります。根本的治療としては患者さん自身の細胞を元気にするしかなく、それが再生医療です。

 


――すでに足の筋肉からの再生医療が成功しているとお聞きしていますが。

 2000年から東京女子医大の岡野光夫先生との共同研究で、足の筋肉からの再生医療で、患者さんに適用され成功しました。

脚の筋肉の、筋芽細胞を直接心臓に注射で注入するのでなく、細胞シートを心臓の外側に貼って、サイトカインなど増殖因子の働きで心臓を元気づけます。心臓にも小さいながら創傷治癒能力が備わっていて、細胞シートは、そうした心筋の持っている治癒能力に働きかけるので、重症心不全の患者さんのうちでも治癒能力をまだ持っている人に有効です。2007年に最初の患者さんの治療が行われ、現在その方は人工心臓も外れて非常に元気にされています。
しかし重症心不全にもいろいろ程度があって、ある程度軽い症例は足の筋肉で治りますがさらに重症になると足の筋肉では治りません。

 


――次回へつづく。

 


澤 芳樹 先生略歴

1955年生まれ。
1980年、大阪大学医学部卒業、
大阪大学医学部第一外科入局。
1989年、フンボルト財団奨学生として、ドイツの Max-Planck 研究所 心臓生理学部門、心臓外科部門に留学。
その後、大阪大学医学部第1外科助手、医局長、講師を経て、
2002年に大阪大学医学部臓器制御外科(第1外科)助教授、付属病院未来医療センター副センター長に就任。
2004年、大阪大学医学部附属病院心臓血管外科副科長。
2006年、大阪大学大学院医学系研究科外科学講座心臓血管・呼吸器外科教授および
大阪大学医学部附属病院未来医療センターのセンター長に就任。
現在、大阪大学大学院医学系研究科外科学講座 心臓血管外科 主任教授科長、
大阪大学臨床医工学融合研究教育(MEI)センター センター長。