ドライアイと「層別治療」

 光を受容し、相手を視認する私たちの目は極めて繊細な感覚器官です。

 この目は涙によって表面を潤すことで外部から傷けられるのを防いでいますが、近年は涙の分泌量の不足、量は十分でも質が低下するドライアイを訴える人が急増しており、患者数は800万人以上(もっとも多い報告では約2200万人)を数え、いまや国民病と言ってもいい疾患です。ドライアイになる原因や有効な治療について、大阪市北区で眼科治療に取り組んでおられる森下清文医師にお伺いしました。

ドライアイを訴える人が

急増しているわけ

 

 

―ドライアイは「様々な要因による涙液および角膜上皮の慢性疾患であり、眼不快感や視機能異常を伴う」(2006年)と定義されていますが、なぜこんなに患者数が多いのでしょう?

 

森下 重篤なドライアイとしてシェーグレン症候群がよく知られています。これは涙腺や唾液腺などにリンパ球の浸潤が現れる慢性の炎症によって分泌量が低下し、乾燥症状が生じる全身性の自己免疫疾患で女性に多く見られるものです。

 

 従来は加齢のよる涙の減少でドライアイになる人が多いといわれていましたが、最近では私たちを取り巻く環境の変化により、ドライアイの患者さんが急増しています。私たちのモノを見る環境が変わったことが大きいと思います。

 

 たとえばエアコンの普及で乾燥したオフィスや室内空間が増えたこと、日常的なパソコン使用で画面をじっと見つめることが多くて瞬きが減ったこと、コンタクトレンズを装着する人が増えたこと、これらを称して「3コン(エアコン・パソコン・コンタクト)」と言うのですが、ドライアイになる大きな要因です。

 

―瞬き回数の減少もドライアイを生むのですか。

 

森下 瞬きには涙で角膜を洗浄し、角膜を清潔に保つという機能があります。成人男女では瞬きは1分間に15~20回し、そのことによって目の表面に涙が行き渡るのですが、パソコンをじっと見つめると瞬き回数が半分から3分の1ほど減ると言われます。それは目を守る涙液補給に支障が生じるということですから、ドライアイになりやすくなってしまいます。画面をじっと見つめるという意味では、近頃電車の中などで目立つスマートフォンの使用もほどほどにした方がいいように思いますね。

 

ドライアイの診断

  

―ドライアイの症状は目のゴロゴロ感、痛さ、乾き(目を開けていられない)、眼精疲労などいろいろあるとされていますが、患者からの主訴にはどう対応されていますか?

 

森下 ドライアイには診断基準というものがあり、具体的には・自覚症状・涙液の異常・角結膜上皮の障害をチェックして3つとも該当すればドライアイと確定し、1~2点当てはまれば疑いありと診断します。また併せて目の痛さや乾き、不快感の有無などの問診も欠かせません。

 

 診察のつど行うものに隙灯げきとう顕微鏡検査ありますが、これは細隙灯という拡大鏡を使って帯状の光を目に当て、結膜、角膜、前房水、虹彩、瞳孔、水晶体などの部位における病変を調べるもので眼科診療ではとくに重要なものです。この検査で以下に述べる涙液層のどこに障害があってドライアイに繋がっているのかを詳しく調べ治療を開始します。

 

―涙液を測るテストもあるそうですね。

 

森下 シルマ―テストですね。

 

 シルマ―テストは細い濾紙(涙紙)の一端を少し折り曲げ、瞼を閉じた患者さんの眼の涙点上となる部位に5分間ほど挟むもので、濾紙に浸み込んできた涙液の数値を読み取って涙の量を計測します。正常値は15・以上でドライアイの場合は5・以下となるのですが、加齢とともに数値は低下しますのでその見極めも大切となります。

改善への流れを変えた「層別治療」

 

 

―ドライアイの治療についてご紹介ください。

 

森下 ドライアイの治療はこの数年で大きく変わりました。それを担ったのが「層別治療」です。

 

 涙液層は、以前の概念では、油層、水層、ムチン層でした。最近の概念では、水層中にムチンが濃度勾配で浮遊していると考えられています。ムチンには、結膜杯細胞から供給される分泌型ムチンと角結膜上皮の表面に発現する膜型ムチンがあります。角結膜上皮細胞の表面には microvilliとよばれるひだが存在し、その先端に膜型ムチンが多数発現し糖衣を形成しています。この膜型ムチンにより涙液が眼表面にしっかりと保持され、病原体が眼表面に侵入することを防いでいると考えられます。涙液の水層中には分泌型ムチンが多数浮遊しています。眼表面を潤滑にし、病原体やデブリスにとりもちのようにくっついて排出させる働きを行っていると考えられています。

 

 「層別治療」はそれぞれの層に働きかけてドライアイを改善しようというものです。治療のプロセスとしては涙液破壊を引き起こす不足成分を突き止め、それを補充して涙液層を安定化させて症状の軽快に結びつけます。こうした「層別治療」が可能になったのは2種類の点眼液が開発されたことが大きく関わっています。

 

 ひとつは涙液層に対して結膜から水分、その結膜にある杯さかずき細胞から分泌型ムチンの分泌と眼表面の膜型ムチンの発現を促すジクアホソルナトリウム点眼液、もうひとつは杯細胞を増やして分泌型ムチンと膜型ムチンを増加させるレバミピド点眼液です。

 

 ドライアイは角膜上の涙液層の安定性低下と眼球裏面と眼球表面間のまばたき瞬目時の摩擦亢進がコア・メカニズム(悪循環)となって引き起こされると考えられていますが、これらの点眼液はコア・メカニズムに働きかける可能性を持っており、そういう意味では画期的な治療法といってよいと思います。

 

―これまでの治療との違いはどこにありますか?

 

森下 これまでは涙液層の安定性の低下がとくに重視され、それを改善することが治療の中心となっていました。「層別治療」はこれまでの治療のコンセプトを維持しつつ、それをさらに発展させたんですね。局所治療の選択によって眼表面を層別に治療し、 涙液層の安定性をさらに高めますから、より効果的にドライアイを治療することが可能となりました。「層別治療」は日本が世界に先駆けたものであり、今後はドライアイ改善の主流となるでしょうね。私も「層別治療」を手がけていますが、多くの患者さんから満足の声をいただいています。

 

 

―どうもありがとうございました。

森下 清文 医師の経歴

大阪府眼科医会地域医療部主担当理事。1980年に兵庫医科大学を卒業後、大阪医科大学の講師となり白内障緑内障、眼底出血などの診療と研究に従事。1991年に大阪市北区で森下眼科を開業して地域社会での診療に取り組む一方、1992年4月から市民健康講座「目の勉強会」をスタートさせ、地域だけでなく全国各地で啓発活動を行っている。

 

 

 

平成28年度「目のすべて展」開催

毎年10月は目の愛護デー月間で、10日は「目の愛護デー」と定められています。この行事は「目を大切にしよう」という趣旨から1947年に始まりました。

 今年の10月9~10日に開催された「目のすべて展」では白内障・緑内障・再生医療についての特別講演のほか、アイバンクや盲導犬、加齢と眼鏡、上手な目薬の差し方などのミニ講演もあり、多くの人々が会場を訪れました(主催・大阪府眼科医会 会場・ブリーゼプラザ小ホール)。

 

 

 

※特別講演のうち「目の再生医療(大阪大学講師 大家義則先生)」については本誌82号で詳細を再録する予定です。