最前線で治療する医師も、最先端医療を目指す医師も必要だが……。
川上 浩司先生 〈京都大学大学院医学研究科教授〉
〈社会健康医学系専攻 薬剤疫学分野・臨床研究管理学分野〉
医学部の中に、これまでの「基礎医学「「臨床医学」に加えて、もう一つ、「社会健康医学」と名付けられた医学部門が、時代の要請として生まれ、積極的な活動をしています。京都大学の川上浩司先生にうかがいました。
これからの医療のあり方を、学問的に根本的に考えて行こうと世界的に大きな動きが
――川上先生が教授をされている「社会健康医学」系専攻では、どういう研究をされているのですか。
川上 ひとりの医師が患者を治すというだけではなくて、社会の中で医療を継続させるための医療の評価、経済評価、など、医療政策や、新しいソーシャルイノベーションにも資する研究をしています。20年前くらいから、医療を取り巻く環境が、大きく変わりました。私達の学生の頃は、医学部は、基礎医学・臨床医学の二つだけで十分でしたが、現在は社会医学という大きな領域が必要になってきました。
たとえば「グローバルヘルス」と呼ばれる、社会保障のなかにおける医療をどう考えるかという問題などが、この数年で世界的なトピックになり、それを下支えをする学問としての「疫学」「統計学」などが、この数年できわめて重要になってきました。
――これからの医療のあり方を、学問的に根本的に考えて行こうとするのですね。
川上 そうです。このままでは、日本・世界の医療が崩壊してしまうと多くの人が考えています。
日本を例にとると、日本の医療費は39兆円で、国民皆保険を標榜していますが、それはもう20年前に破綻しています。国民皆保険で保険収入として得ているお金は約20兆円。残りの半分は税金からもってきています。この中身は、10兆円が税収から、9兆円は30年国債であれば30年後の将来の人々への借金で今日の医療は維持されています。それが、今の日本の医療の構造です。
そういう状態をこれから先ずっと維持できるとは、誰も思っていません。それをどういう風にしていくのか、そういうことを学問として考えるのが「ヘルステクノロジーアセスメント」という新しい学問領域で、さまざまなビッグデータの解析をして、費用対効果、医療費効果、AとBどちらのほうが経済的に効果があって医療の質が担保できるのかという研究をしています。世界的にはこの10年ぐらいで、かなり普及してきてこの2、3年は、重要な研究領域になっています。しかし日本の医学部で研究している施設は非常に少なく、萌芽的です。
臨床疫学と医学、臨床薬学にまたがる
新しい分野として1980年代に確立した新しい学問
――その中でも薬剤疫学分野・臨床研究管理学という分野はどんな研究をしているのですか。
川上 「薬剤疫学」という学問は、臨床疫学と医学、臨床薬学にまたがる新しい分野として1980年代に米国で確立した新しい学問です。
その研究領域は、「医薬品市販後の安全性監視(ファーマコビジランス)」「医薬品の効果や副作用に関するアウトカムリサーチ」「医薬品の経済性研究」「医薬品の安全性評価のためのレギュラトリーサイエンス」「医薬品行政の関連法規・ガイドラインの策定に関わる研究」など、幅広いものとなりつつあります。
また多様なバックグラウンドの研究者や学生たちが、レギュラトリーサイエンスともいわれる医薬品の研究開発、評価の側面、適正使用や行政側の側面、医薬経済、とくに費用対効果といった「ヘルステクノロジーアセスメント(Health Technology
Assessment;HTA)」の観点からもさまざまな研究を行っています。
――医薬品を開発するまでは、さまざまな研究が行われていますが、その追跡調査・研究はほとんど行われていなかったのですね。
川上 そうです。日本には、これらすべての領域にわたって、層の厚い研究者と理解者が少なく、まだまだ裾野の拡大と更なる分野の振興が望まれるところです。多様な研究を実施して、またお互いの研究を知るうちに、誰も思いつかなかったような価値観を創出、インキュベーションできるような、まったく新しい研究領域が勃興する予感をしばしば抱いています。
――医療政策についても、研究されているのですか。
川上 2011年度から、京都大学は、大阪大学とともに「政策のための科学」という文部科学省の長期の取組の領域拠点に採択されました。様々な政策課題について、有識者の意見やメディアの喧伝によらず、科学的な根拠をもとに論理的に検討し、その結果を社会に伝えて関係者と対話をしていくというプロセスはまだ世界中での発展途上です。
このような新しい領域の教育による人材を養成し、各界に輩出していくということは極めて重要です。また、「政策のための科学」の研究手法も確立したものではなく、今後新たな学問領域を開拓する可能性に満ちています。
私は、「ヘルステクノロジーアセスメント」領域のEBM(Evidence-Based Medicine)やCER(Comparative Effectiveness
Research)の考え方が他の領域に援用できないかということに関心をもっています。
――次回へつづく。
川上 浩司 先生略歴
1997年 筑波大学医学専門学群卒(医師免許)、
2001年 横浜市立大学大学院医学研究科頭頸部外科学卒(医学博士)。
米国連邦政府食品医薬品庁(FDA)生物製剤評価研究センター(CBER)にて
細胞遺伝子治療部臨床試験(IND)審査官、研究官を歴任し、
米国内で大学、研究施設、企業からFDAに提出された遺伝子・細胞治療、癌ワクチン等に関する臨床試験の審査業務および行政指導に従事。
東京大学大学院医学系研究科 先端臨床医学開発講座客員助教授を経て、
2006年より京都大学教授。
2010年より京都大学理事補(研究担当)。
現在、慶應義塾大学医学部 客員教授などを兼務。
著書に Cytotoxins and Immunotoxins for Cancer Therapy: Clinical Applications. (CRC Press,
FL, USA)など。