第2回 今、緊急に必要な「社会医学系」の医師

 

「最先端医療」と「みんなが同じ医療を享受」とを、

限られた資源のなかで両立 させるのは非常に難しい

 

川上 浩司先生 〈京都大学大学院医学研究科教授〉
〈社会健康医学系専攻 薬剤疫学分野・臨床研究管理学分野〉


――20年前はまだそういうことは問題にもならなかったのですね。

川上 私もその頃は、医療はまだ成長産業で、医療成長戦略、医療イノベーションが、あり得ると考えていました。しかし20年間成長してない国に成長戦略はありえません。どう評価をして、どう資源を再配分すればいいのかを、考えなければならない時代です。

資本主義をどんどん発展させれば世界が良くなるという考えには無理があると、みんなが思ってきています。前だけを見て進んでいくのは本当に正しいのか。医療、あるいは医学は、みんなを幸せに、健康にするために、いろいろなことをするのですが、それをどのように社会のシステムのなかに組込んでいくのか、それを下支えする学問は何か、一度立ち止まってきちんと考えないといけない時期に来ています。
「最先端医療」と「みんなが同じ医療を享受」とを限られた資源のなかで両立させるのは非常に難しいことです。それをどう考えるのかということが私達の大きな研究課題です。どうすれば良いのか、私もまだ整理ができていません。


――第29回医学会総会でも、そのことがテーマになっていますね。

川上 様性が重要になってきていて、多様性を意識せざるをえなくなってきたのです。私は総会のプログラム委員で、今回はじめて、「医療技術評価」のセッションを、座長として開きます。
4年前の医学会総会では誰もそこまでの危機感はありませんでした。今ではその問題を、世界中の政府機関で新しい部門をつくって研究しています。日本はこれからどのように医療を継続させるのかという分岐路にさしかかりつつあり、この分野の研究に力を入れ、人材を養成することが求められています。


さまざまな分野・考え方・価値間の、多様性を身に着けて、

社会医学にぜひチャレンジを

――そのなかで若い医学生、あるいは医学部を目指す高校生は、何を考え、どう勉強すればいいのでしょうか。

川上 医学部に入って、社会の中で健康や医療を、リーダーシップを持ってできるような人間になってほしい、医療をマクロから考えるような勉強をしていただければと願っています。日本ではこれからも医師は必要です。OECD加盟諸国のなかで人口比あたりの医師は一番低いレベルです。医療の最前線で治療に従事する医師も大切です。最先端医療を目指す研究者も必要でしょう。しかし社会をよくするための医師を育てることも、今、緊急に必要です。特に、いろいろな文系学部もある総合大学(ユニバーシティ)の医学部生には、さまざまな分野・考え方・価値感・多様性を身に着けて、ミッションだと思って、社会医学にぜひチャレンジしてほしいと思っています。


――これまでの医師という職業の概念と、少し違いますね。

川上 英語のプロフェッション(profession)と、オキュペーション(occupation)はどちらも、日本語では職業と訳されていますが、内容は違います。プロフェッションは専門的知識・技能という意味の職業で、オキュペーションは社会の中で占める役割という意味での職業です。
医学部を卒業すれば、医学・医療のプロフェッションの資格を得るのですが、それから先、社会の中でどういう役割をするかというオキュペーションは種々様々でいいのではないでしょうか。
プロフェッションとして医学・医療の知識技能を持ち、その上に自分の展望として、社会の中でどう役に立つかというオキュペーションを考えることが、これからの医療従事者に求められています。

英語の職業を意味する語にはもう一つ、神から与えられた「使命」を意味するコーリング(calling)がありますが、社会健康医学の研究は、時代が医療従事者に要請する使命(ミッション)ではないでしょうか。
バブル崩壊以降、混沌とした時代、閉塞感のある時代が数十年続いています。しかしそれを打ち砕くことができるチャンスは少しずつ出てきています。

超べストセラーになった「里山資本主義」が言うように、お金の循環がすべてを決する「マネー資本主義」の経済システムの横に、お金に依存しないサブシステムが再構築されていますし、しなければなりません。東京で若い有名なブロガーが高知県に引っ越すというニュースもありました。「これからは、みんな同じことをやる時代ではない」と思う人が増えています。

今医学部に入って、いままで私達が気づかなかったような新しい世代の医学を作ることができるような、あるいは医療に貢献することができるような医師になる、そういう大志をもって医学部に入ってほしいと思います。


――ありがとうございました。


川上 浩司 先生略歴

1997年 筑波大学医学専門学群卒(医師免許)、
2001年 横浜市立大学大学院医学研究科頭頸部外科学卒(医学博士)。
米国連邦政府食品医薬品庁(FDA)生物製剤評価研究センター(CBER)にて
細胞遺伝子治療部臨床試験(IND)審査官、研究官を歴任し、
米国内で大学、研究施設、企業からFDAに提出された遺伝子・細胞治療、癌ワクチン等に関する臨床試験の審査業務および行政指導に従事。
東京大学大学院医学系研究科 先端臨床医学開発講座客員助教授を経て、
2006年より京都大学教授。
2010年より京都大学理事補(研究担当)。
現在、慶應義塾大学医学部 客員教授などを兼務。

著書に Cytotoxins and Immunotoxins for Cancer Therapy: Clinical Applications. (CRC Press, FL, USA)など。