ものたちの聲 第二十九回 サラブレッド
歌人 道浦 母都子
時々、テレビの競馬中継を見る。
そう話すと、友人たちは、「え、道浦さん、競馬するの?」と反応する。それは違う。馬券は買ったことはない。
馬の美しさを見たいからだ。細くて長い脚で、騎手を乗せ、三千メートル(他もある)を走るサラブレッド。その姿を見たいからだ。
かつて、競馬場には、女性は近付かなかった。競馬場はあまり美しくなく、怖そうな男性が集まるところ。そんな印象だった。
だからだろうか、毎年、牝馬のトップを選ぶエリザベス賞杯の日には、関西の女性作家や様々の女性が淀競馬場に招待されたのである。私にも、招待状が来たので、嬉しながら、競馬場に行った。送迎のタクシーも付いていたから。
パドックで馬を見近でみたり、ゴンドラ席で食事をしたり、ずい分、手厚い招待で、何人か、顔を知っていた女性作家たちは、馬券を買ったりして、楽しんでいた。
私は、馬券は買わなかったが、パドックで見た馬の美しさに圧倒された。
こんな一首をつくってもいる。
やわらかな褥草に包まれ逝きたるかディープインパクト天恵の馬
ディープインパクトは、母ウィンドヘンハーヘア、父はサンデーサイレンス。馬は血統が重んじられる動物だが、ディープインパクトは、二〇〇二年三月二十五日に生まれ、小柄な馬体のため、七〇〇〇万円で落札されている。その小柄のディープインパクトが、である。
デビュー戦となった阪神5R、スプリングSを勝利し、重賞ウィナーへの仲間入りを果たした。そして、いきなり皐月賞への挑戦、高名な武豊騎手を乗せてのレースである。もちろん勝利。しかも、次にはダービーに登場している。何と、ディープインパクトは、菊花賞も制覇している。新人なのに、三連覇したのである。やや小さな体なのに、何とも素晴らしい功績である。
ディープインパクトは、二〇〇六年に引退し、種牡馬として、多くの馬の父親となった。そして、二〇一九年七月に十七歳で亡くなった。馬は三〇歳ぐらいまで生きるのだが・・・。私のうたは、その時のうた。馬への挽歌である。
しんしんと雪ふるなかにたたずめる馬の眼はまたたきにけり
齋藤 茂吉
馬の眼は船形で優しい。その馬が雪の中でまたたく。美しい光景である。
野を行かね馬の静けさ青草を厩に踏みてたてがみ湿る
前 登志夫
青草を食べている馬。たてがみが湿っていると、細やかな視線が印象的だ。
春の馬の面の長さを篤とみよ明日がぼうっと近づいてくる
時田 則雄
北海道で広い牧地を持つ作者。春の訪れを馬の顔から感じているのだろう。
母の名は茜、子の名は雲なりき丘をしづかに下る野山馬
伊藤 一彦
作者は宮崎在住。都井岬の馬だろうか。可愛い名が付けられている。
馬のうたは多かった。やはり、馬は人間と近い間柄なのだろう。