画像認証

人工知能による画像認識で

歯周病の重症度を判定

 

大阪大学歯学部附属病院准教授 

  野崎 一徳 先生 

大阪大学大学院歯学研究科助教 

  柏木 陽一郎 先生 

 

 

歯周病は、40歳以上の約80%で何らかの症状があらわれるといわれ、重症になると歯を失うことも少なくない病気です。大阪大学大学院歯学研究科の柏木陽一郎助教と同大学歯学部附属病院の野崎一徳准教授らのグループは、人工知能(AI)による深層学習(ディープラーニング)を活用し、口腔内の写真から歯周病の重症度を判定する画像認識システムの開発に取り組んでいます。まだ技術開発の段階ですが、数年以内にはスマートフォンで口の中を撮影した画像から「すぐに歯科を受診しましょう」といったアドバイスを提供するようなサービスの実用化を目指しています。両先生にお話を伺いました。

◆1300人の医療データをAIがディープラーニングで学習

――どのような技術を開発されているのか、ご説明をお願いします。

柏木 医療の世界でも、さまざまな分野でAIが活用されるようになってきました。私たちは、歯周病の重症度を画像から判定することが可能ではないかと考え、3年ほど前から研究開発に取り組んでいます。

大阪大学歯学部附属病院では、患者さんの口腔内を撮影した画像と、その患者さんの歯科における検査情報を持っています。そこで、2005年から2018年までに同病院の歯周病診療室を受診した患者さん約1300人について、口腔内の画像と歯周ポケットの深さのデータをAIにディープラーニングで学習させました。その際、ただ闇雲にデータを与えるのではなく、歯科として意味のあるところを学ぶようチューニングしています。具体的には、ひとつひとつの歯を認識して周りの歯茎と一緒に画像を切り出し、それぞれ歯周ポケットの値と照らし合わせて関係性を学習するようになっています。

 AIがしっかり学習するためには、データ量が大きければ大きいほど良いということもありますが、最初に〝きれいな〟データを与えるのが大切だと考えています。私たちの病院は、一定の基準に則って撮影された口腔内の画像と専門性を持つ歯科医師が診断した正確なデータを持っているので、それが可能です。一方、いくらデータをたくさん集めても、規格が不ぞろいで正確性を欠いたノイズばかりだと役に立たないのではないかと考えています。

 人間の目で口腔内の写真だけを見ても、もちろん歯周ポケットは分かりません。そこで、AIなら私たちには見えない微妙な違いを見つけてくれるのではないかというのが、このプロジェクトです。

野崎 このようにして構築した画像認識システムによって歯周病の重症度を判定できるかどうかテストしたところ、70%以上の精度で狙い通り適切に分類できました。現在は80~90%を目指して精度の向上を進めています。もちろん最終的な歯周病の診断は専門医が行いますので、スクリーニングによって歯科の受診を勧めるところまでがAIの役割です。

 日々の臨床では歯科医師たちが患者さんの治療のために医療情報を積み上げています。医療情報というのは非常にデリケートなプライバシーですから、患者さん個人が特定されないよう匿名化しながら、口腔内の画像と診断のデータを研究に活用できるというプラットフォームが必要です。そこがうまくいかないと、せっかくビッグデータがあってもイノベーションにつながらない。私は当初、歯学部附属病院で臨床をやり、その後大阪大学サイバーメディアセンターに移って計算機を扱いましたので、そうしたプラットフォームの導入にも携わることになりました。

◆数年以内にはスマホで撮影した画像から判定できるアプリを

――このシステムが実用化できれば、どんなメリットがありますか。

柏木 近年、日本を含む先進国では、歯科医療の進歩や衛生状態の向上などによって、かなり虫歯が減っています。高齢になっても歯を失わず維持している人が昔より多くなっているのです。ところが、歯周病をめぐる状況は以前からあまり変わっておらず、40歳ぐらいになると80%以上の人が歯茎に何らかの問題を抱えています。そうすると、歯を維持しているが歯周病を抱えているという高齢者が増えるのではないかと懸念されています。

 歯周病の主な原因は歯周病菌による感染ですが、それだけでは重症度を十分説明できない複合的な要因によって修飾を受けると考えられています。喫煙や糖尿病といったさまざまな生活環境や遺伝的な素因なども関係しているとされ、虫歯より撲滅が難しいのです。先進国か途上国かに関わらず、どこの国でも多かれ少なかれ歯周病は問題になっています。しかも自覚症状がないまま進行してしまう慢性疾患で、患者さんが歯科を受診したときには抜歯しか治療法がないことも少なくありません。私たちの立場からいえば、もっと早い段階で歯科を受診して治療を受けてもらいたいのです。

 そこで、専門医の治療を必要としている歯周病の患者さんを見つけ出し、受診するようアドバイスを提供するというのが、このプロジェクトの目的です。重症化する前に早く気づいて歯科を受診すれば、良好な予後につながります。そのために、スマホで写真を撮ってリスクの判定や受診のアドバイスができるようなアプリを実現したいと考えています。そういった手軽なツールがあれば、自分がどういう状態か知らないまま放ったらかしにする人が、少しでも減るのではないでしょうか。

 このように、現在の歯科医療にとって歯周病は大きなテーマですので、私たち以外にも同じような研究に取り組んでいるところがあり、手法はさまざまです。また、歯周病のほかにも、例えばAIによって画像情報から早期に舌癌を見つけるとか、いろいろな取り組みがあります。

――社会実装に向けての見通しは、どのようになっているのでしょうか。

野崎 次のステップとしては、歯学部附属病院で実証実験を行う予定です。すでに倫理審査を通っていますので、年内にはスタートしたいと考えています。同病院を受診する患者さんに、同意をいただいたうえで口腔内の写真を撮影し、AIによる判定を行うのです。ただ、スマホで写真を撮影してサーバーに蓄積するといっても、気軽にできるわけではありません。それらは個人情報ですから、しっかりプライバシーを守る安全性が求められます。この仕組みをきちんと作ることが大変重要です。

 もちろん、判定の精度をさらに向上させることも必要です。健康な人を重症だと間違えるのは良くないし、一方で重症の人を誤って見過ごすことがあってもいけません。そのバランスが非常に難しいのです。例えば、これが仮に癌の検査なら見逃しが絶対ないよう厳しく設定しますが、歯周病の場合はどこまで必要か。こうした感度の調整にはAIのチューニングが必要ですが、歯科医師が臨床で実際に使ってみた感触も大切です。そのあたりも実証実験で探りたいと思っています。実際のアプリをつくるまでには、さまざまな試行錯誤を繰り返すことになりますが、スピード感を持って進めたいと思っています。

最終的に、一般向けとしては検査キットのように使えるスマホのアプリなどを想定しています。また、プロフェッショナル向けとして、歯科医師の診療を補助するような機能も考えられます。一定以上の精度で「あなたは精密な検査が必要です」といった判定を提供できれば、患者さんへの説明にも活用できるでしょう。

 実際にやるとなると簡単なことではありませんが、できれば2~3年以内に社会実装まで行きたいと考えています。例えば、自治体の健康診断などでこのシステムを使ってもらえれば、その場に歯科医師がいなくても歯周病についてのアドバイスが可能かもしれません。2025年には大阪万博が開催されますから、遅くともその頃には皆が当たり前に使っているという段階まで持って行きたいですね。政府の方針として「ソサエティ5・0」とか「超スマート社会」などといわれていますから、そういった事例のひとつとして私たちの取り組みを示したいと思います。

 

◆さまざまな分野の専門家が役割分担してイノベーションを実現

――歯科医療とデータサイエンスというふたつの分野の融合ですね。

柏木 このプロジェクトには大阪大学サイバーメディアセンターも参画しています。使っているAIはオープンソースのものですが、今回の目的のため拡張してもらいました。さらに、画像の読み取り方を工夫してみるとか、違った種類のデータも加味するとか、さまざまなチューニングがありえると思います。結果として、どのようなかたちの実用化になるのかまだ分かりませんが、ひとつのゴールとしては誰もが使えるツールを社会に提供すること、そして実際に歯周病の患者さんが早めに歯科を受診して予後が良くなるといったメリットをもたらすことを目指しています。私たちは社会実装に取り組みながら研究も深めていきたいと考えているのですが、そういった考え方を理解してくれるベンチャー企業などがあれば、ぜひ連携させていただきたいと思います。

また、先ほども言及しました通り、患者さんのプライバシーである医療情報の取り扱いが極めて重要なのですが、歯科医師でデータの取り扱いも分かっているという人はなかなかいませんので、野崎先生の存在が非常に大きいですね。

野崎 データとしての医療情報を取り扱うこと自体が難しいとは思いませんが、誰かがやらないとそれを活用した研究がスピーディに進まない。医師や研究者だけでプロジェクトは成立しません。さまざまな専門性を持った人たちが、各々の得意分野で力を出し合い、チームとして仕事をすることで、良い循環が生まれるのではないでしょうか。一日でも早く、国民の皆さんに今までなかったようなイノベーションをお届けしたいと思っています。

 

 

 


柏木陽一郎(かしわぎ・よういちろう)先生 略歴

 

博士(歯学)、日本歯周病学会専門医。2005年、北海道大学歯学部を卒業。2010年、大阪大学大学院歯学研究科で博士課程を修了。大阪大学歯学部附属病院などでの勤務を経て、2018年から大阪大学大学院歯学研究科助教(口腔分子免疫学講座)。現在に至る。

野崎一徳(のざき・かずのり)先生 略歴

博士(歯学、情報科学)。2000年、北海道大学歯学部を卒業。2004年、大阪大学大学院歯学研究科で博士課程を修了。大阪大学サイバーメディアセンターなどでの勤務を経て、2019年から大阪大学歯学部附属病院准教授、同病院医療情報室長。現在に至る。