教育特別対談

新しい時代を拓く子供たちの無限の可能性を探る

灘中学校・灘高等学校 和田 孫博 校長

医系専門予備校メディカルラボ 本部教務統括 可児 良友 氏

元号が令和に改まり、新しい時代を迎えた日本。これからの社会を担う次世代をいかに育てるのか、教育の重要性はますます大きくなるでしょう。そこでハロードクターでは、全国屈指の進学校である灘中学高校の和田孫博校長と医学部進学に特化した予備校メディカルラボの本部教務統括を務める可児良友氏による特別対談を開催しました。教育に深い造詣を持つお二人が本音で語り合った貴重なお話をお伝えします。 

 

◆自分の頭で考える人間を育てる

――まず最初に、お二人が考える教育のあり方についてお話しください。

可児 私たちは医学部の受験を専門とする予備校ですが、ただ合格すれば良いというわけではありません。医師や研究者として仕事をしたいとか、将来こういう人間になりたいということを、彼ら自身にしっかり決めてもらうことがすごく大事です。とはいえ、まだ18~19歳ですから、それがはっきり固まっていないことも少なくない。ただ医学部に入れば良いというような気持ちの生徒さんもいます。

 私たちは、4月に入ってきた生徒さんにまず「なぜ医学部に行くのか」「将来どうなりたいのか」といったことを振り返ってもらいます。現役で受験に失敗して視野が狭くなっている生徒さんもいますし、保護者の期待がすごく大きいというケースもある。そこで、あらゆる前提を抜きに自由に考えて、どうしたいのか本人に決めてもらう。毎週1時間ほど、先生と生徒さんが一対一でそういう話をします。

 最初にそれが明確になれば、勉強のやり方が変わります。自分で決めた目標と何となくやらされている勉強は違います。正直そのスタートがうまくいけば、あとは何とかなるのです。逆に一番難しいのは、そのあたりがブレている生徒さんです。医学部の受験はすべての大学で面接試験がありますし、本人が自分で決めたのでなければ厳しいものになるでしょう。

和田 本校の場合、今の時代ですから塾通いをして入ってくるお子さんがほとんどです。良いことかどうかは別にして、ある意味でやらされて勉強してくるわけです。特に中学からの生徒は、自分をしっかり持って、やりたいことを見つけてここへ来るというのは、正直あまり期待できません。そこから6年間、高校からだと3年間ですが、いかに自分の生きていく道を考えるかということを大事にしています。勉強に対する姿勢だけではなく、人生すべてにおいて自主性に一番の重きを置くという育て方、見守り方をしています。

 世間からは、温室で勉強だけして良い大学へ行くという、いわゆる進学校とみられているかもしれません。しかし、可児先生がおっしゃったように、それだと大学に入ることはできても自分の道を見つけられません。大学では自分の課題を自分で見つけて解決していくことが必要です。そういう方向へ少しでも成長できるよう、ここで6年間かけて教育しています。

本校でも医学部への進学を希望する生徒がたくさんいます。ただ、医師というのは本当に適性が問われるものです。そのあたりは進路を決めるまでの段階で分かっておく必要があるでしょう。そのうえで、やはり医学部を目指すということなら、私たちは喜んで応援します。周りから「こっちの道へ進みなさい」などと言うべきではないし、自分自身でいろんなことを考えて決めてもらいたいと思います。

 可児先生がおっしゃったように、医学部は面接がありますが、大学側も適性のある学生を取りたいと考えているでしょう。国公立大学でも試験の点数ではなく面接で不合格になることがあるという話を聞いています。本校の卒業生で医学部の面接官を務めた先生がいるのですが、「ちょっと違う道へ進んだ方が良いのではないか」と思った受験生には、そういうコメントをつけて大学へ提出したそうです。合否がどうなったかは分かりませんが。

 ◆大学はどんな学生を求めているか

――面接で不合格になることもあるというのは、なかなかシビアです。

可児 最近は様々なやり方の面接が出てきています。例えば、千葉大学の医学部などは小さな面接を何回も行う方式です。医師の仕事で実際ありそうな場面を受験生にぶつけて、どう対応するかを聞く。医療の現場に立つ資質があるか、その自覚を持っているかを見ているのでしょう。昨年の場合、「あなたは医師です。患者から、自分の友達にすすめられた薬を使ってほしいと言われた。どう対応し、どう説明するか」といった問いに対して、数分間で話すというものでした。このように医療のリアルな課題をぶつけるという面接は、これまで私立大学でよくありましたが、今では国公立でも始まっています。

 また、コミュニケーション能力が非常に重視されますので、受験生同士で集団討論やディスカッションをさせるところも多い。他者の意見を尊重しつつ言うべきことを伝えているか、相手の質問に対して適切に反応できるか、といった点を見ていると思われます。あるいは、名古屋大学の推薦入試ではプレゼンテーションがあります。その場で与えられたテーマについて先生たちの前でうまくプレゼンしなければならない。このように、それぞれの大学が求める医師や研究者としての人物像にあわせて面接が工夫されています。

どのような資質を持った学生を求めているかは各大学のアドミッション・ポリシーにきちんと書いてあります。それらは受験生が自分の進むべき道を判断するひとつの材料にもなるでしょう。

 

 ◆主体的に切磋琢磨する生徒たち

可児 御校の場合、多くの生徒さんが超優秀なトップクラスの大学に進学されますが、やはり皆さん主体的に勉強しようという雰囲気があるのですか。

和田 それは言えます。本校には自由な雰囲気がありますので、勉強だけでなく様々な活動に取り組めます。クラブ活動なども非常に多様ですが、それは学校が用意しているのではなく、彼らがつくるものです。そういった中で、生徒たちが自分なりの住み処を見つけることができる場であるというのは間違いありません。

 職員室の前の広い廊下に机と椅子が置いてあります。そこでは、質問をしたい生徒がちょっと先生に出てきてもらい、長い間やりとりしています。他にも校内にフリースペースがあり、クラブ活動の打ち合わせなどもやりますが、そういう場所がいつもにぎわっています。高校3年あたりになると、大学入試の過去問で分からないところを互いに質問したり、聞かれた生徒は一生懸命に教えたりしています。いよいよ入試が近づくと、生徒たちが放課後まで残って切磋琢磨する姿が増えてきます。

可児 それはとても良いですね。受験勉強というと一人の世界に入ってしまいがちで、他人をシャットアウトするような子もいます。しかし、仲間とやりとりする中で、自分と違う考え方に触れて視野が広がるとか、教えあうことで自分の理解も深まるといったプラスの面があるのではないでしょうか。生徒同士や先生方とのコミュニケーションが密であるというのは、本当に素晴らしい環境だと思います。

和田 本校では、以前からいろんな先生がそれぞれの工夫で授業を行っています。この教科はこういうふうに教えてくださいというのはありませんので、各先生が自分の受け持っている生徒たちとのかけあいの中で様々な授業を展開できる。言うならば、教員にも自由があり、自主性が大事なのです。そうすると、いい加減な授業をやって生徒たちに無視されると困りますから、先生方もより工夫します。これは良いシステムだと思っています。

 もうかなり以前に亡くなりましたが、「伝説の国語教師」などと言われた橋本武先生という方がいました。私も橋本先生に習ったのですが、中学校の授業では岩波文庫の「銀の匙」という薄い小説を一冊やるだけ。他は何もしません。明治時代の東京が舞台で、当時の遊びとか食べ物とか様々な風物が出てくるのですが、それを一つひとつ広げて話をするのです。

 例えば、「丑紅」という言葉が出てくる。これは「牛」ではなく干支の「丑」です。じゃあ十二支を全部みてみよう、ところで甲乙丙丁もあります、還暦とは60歳ですが…と話が続きます。では、壬申の乱はいつだったか、甲子園はいつできたか…。また、これは時刻にも使われている。子の刻は何時で、丑三つ時はいつか。なぜ正午と言うのか。さらに、子午線という言葉があるように、方角を表すこともあるが、辰巳の方角はどちらか…ということをズーッとやっている。そこで何時間も授業が止まりますが、それで良いのです。

――本当の豊かな教養とは何かということを考えさせられますね。

和田 そういうのをガリ版のプリントでやっているうちに国語の素養がついてくる。私たちからすると、うちの授業はそういうものだという思いがあります。橋本先生だけでなく、例えば数学の先生も手作りのプリントで教科書に出てこないギリシャの数学者を取り上げるとか、いろんなことをやっていました。それが今につながっているのではないかと思います。

 先程、大学受験のお話をしましたが、中学や高校でも特に私学はいろいろな学校があります。本校では自由にいろんなことをやっていいし、自分の興味を深掘りできますが、そういう自主性が得意ではなくて、管理されているほうがうまくいくという子には、向いていないことがあります。一方、しっかり管理してくれる学校へ行くと息苦しくてつぶれてしまうという子もいるでしょう。学校のポリシーをしっかり見て考えることが大事なのです。

◆未知の課題と向き合うためには

――これからの時代に、どのような人材が求められるのでしょうか。

和田 未来のことを考えれば、きっと今の段階では想像もしないような問題が現れるでしょう。それまで出会ったことのない未知の課題が必ず出てくる。大学では専門分野の最先端を学びますが、それだけでは解決できない場合がある。そこでベースになるのは、おのおのが小学校から中学、高校と蓄積してきたものです。中学・高校では、そういった力をしっかり身につけてもらいたいと考えています。

 いろいろな分野で新しい課題が出てきますが、一つの専門分野で解決できないかもしれない。そういった場合、「協働」ということが大切になります。一人のスーパーマンや万能選手を求めるのではなく、みんながそれぞれ自分の持っている能力を伸ばして、互いに力をあわせることが必要になるのではないでしょうか。

――最後に、改めてお二人にとって教育とは何か、教えてください。

可児 最初にも申し上げた通り、生徒たちが自分で決められるということが彼らにとって大切であり、これから必要な力だと考えています。私たちは、それをサポートし、そして待ちます。そうやって、決める力を育てたいと思っています。

和田 教育というのは本当にやりがいのある仕事です。自分一人が教えられる期間は限られていますが、その間にたくさんの生徒に触れて、教え子たちがまた次に伝えてくれれば、万人に広がっていく。一方、もし間違ったことを言えばそれが広がるのですから、責任も重大です。本校の校是である「精力善用、自他共栄」は嘉納治五郎先生の教えですが、それを生徒たちがしっかり理解して世界に広げてもらうようにするのが、私の務めです。

 

 

和田孫博(わだ・まごひろ)先生 ご略歴

灘中学高校校長。大阪市出身。灘中学高校を経て昭和51年に京都大学文学部(英語英文学専攻)を卒業した。同年、母校に英語科の教諭として赴任。英語教育の傍ら中学高校の野球部にて部長・監督を務めた。平成18年、教頭に就任。同19年から校長を務めている

◆可児良友(かに・よしとも)氏 ご略歴

医系専門予備校メディカルラボ本部教務統括。平成3年より大手予備校で受験指導に携わり、同18年のメディカルラボ開校にて責任者を務めた。医学部進学をテーマに各地で数多くの講演を行っている。メディカルラボは全国27カ所ですべての指導をマンツーマンで進めている。