あそかビハーラ病院

日本で唯一の仏教を由来とする

独立型緩和ケア病棟

 

あそかビハーラ病院  院長 大嶋健三郎先生

 

 京都府城陽市にある「あそかビハーラ病院」は、浄土真宗本願寺派(本山・西本願寺)が設立した、ホスピス・緩和ケアを専門とする病院。「ビハーラ僧」と呼ばれる僧侶4人が常習しています。医師や看護師、薬剤師、宗教者などがチームとなり、病気の苦しみを取り除く専門家集団として、そして常に患者さんに寄り添い、手を触れ、耳を傾けながら、一人ひとりが亡くなる最後の瞬間まで自分らしく生き抜くことを支えています。2012年から院長を務めている大嶋健三郎先生に、お話を伺いました

 

◀ビハーラホール 

 

◆病気の苦しみを取り除くプロ集団

――「あそかビハーラ病院」とはどのような病院か、ご説明をお願いします。

大嶋 完全独立型の緩和ケア病棟というのは全国でも少ないのですが、仏教に由来するものはここだけです。仏教ではホスピスではなく「ビハーラ」と呼んでいます。患者さんはほとんどが末期がんの方で、主に京都市内から京都府南部にかけての大学病院や総合病院からの紹介です。

 私たちは、病気に伴う苦しみを和らげるプロ集団です。ですから、一番苦しい患者さんを診なければいけません。がんで亡くなる患者さんのうち緩和ケア病棟に入る方は15~20人に1人ぐらいで、ここでも年200人ほどしか受け入れられません。そういう状況で私たちが診なければならないのは、普通の病院では癒せない痛みや苦しみを抱えた人たちなのです。

 もちろん、末期がんの患者さんを診るという時点で、寄り添う気持ちを持つことは大前提です。看護師たちも、末期がんの患者さんに尽くしたいと思っている人が来てくれています。ただ、それは私たちにとって当然のことであって、求められるのは能力です。優しくて技術のない医者がいたとして、「あの先生は腕が悪くて痛みを取り除いてくれないけど優しいから良いのです」ということにはならないでしょう。

 

――こちらにいらっしゃる患者さんはどういった方が多いのですか。

大嶋 患者さんの約85%は入院して3週間以内に亡くなります。がんは亡くなる1カ月前ぐらいから急に悪くなる病気です。だいたい3人に1人は急変死なので緩和ケア病棟に入りませんが、その他の患者さんは亡くなる1カ月前でも歩けたりご飯を食べたりできますし、旅行に行く人もいます。しかし、余命2週間の患者さんとなると、ほぼ寝たきりで意識障害などが出てきて痛みや息苦しさもひどくなります。亡くなる4週間前から2週間前の間でガタガタッと悪くなるので、その時期に入院される患者さんが多い。従って、入院期間は3週間以内の方が大半を占めるのです。

 

――緩和ケアについて教えてください。

大嶋 患者さんを受け入れる時は、ご本人とご家族に入院前の十分な説明を行います。外来の前にソーシャルワーカーが患者さんやご家族と面談して、その時点で気になっていることなどを聞き取ります。次に初診として外来で看護師が今までの病気のことなどをお伺いしたうえで、それらの情報をふまえて私がお会いします。患者さんの今までを振り返りながら、これから起こることやどんなふうに亡くなると考えられるかなど、しっかりご説明します。

私たちの考え方もお話します。私たちは無理やり命を延ばすことはしません。例えば、がんで亡くなっていく患者さんに心臓マッサージを行いません。心臓が再び動く可能性はほとんどなく、もし動いたとしてもまたすぐ止まりますから、良い時間が戻ってくることはありえない。そのようなこともお話しなければなりません。

 私たちは全力を尽くしますが、それでも現在の医学で取り除けない苦しさが出てくる可能性がある。痛み、息苦しさ、幻覚や妄想、身の置きどころのないようなだるさなどです。日本では安楽死が禁じられていますので、私たちは無理やり命を延ばすことはしないし、縮めることもしない。そこで、現在の医学で取り除けない苦しみだと私たちが判断した場合、亡くなるまでを薬で眠ってやりすごすという治療があります。そういったこともご説明します。

 

 ◆絶対に妥協せず全力を尽くす

――大変なお仕事ではないでしょうか。

大嶋 私自身としてはシンプルに考えています。患者さんの時間は限られていて、こちらは精一杯できることを全部やるしかない。それでも終わりはやってきます。だからこそ、絶対に妥協しない。やり残しのないようにという姿勢で取り組んでいます。ただ、不全感と言いますか、「うまくできなかった」という気持ちが非常に重くのしかかってくる仕事でもあるので、少なくともひたすら全力でやっていないと続けられないという面はあるかもしれません。

 ただ、そう言えるために、私たちはできる限り患者さんの苦しみを取り除かないといけないし、誠実な医療者だと心から信頼していただいていることが条件です。ここにやってくる患者さんにとっては、亡くなるまでの間、信頼できるかどうかが全てです。この人に任せれば安心だと思ってもらえるかどうかにかかっています。

 緩和ケアでは、患者さんの苦しみを理解することが大事です。もちろん、本当に理解できるわけではないかもしれない。それでも患者さんが「分かってもらえた」と感じるかどうかは大きな違いです。まず患者さんに信頼してもらわないと、薬だって効きません。一般的に、内科や外科などの医師と緩和ケアの専門家では、痛みを取り除く技術にはかなり差があると言われます。同じ薬なら誰がやっても同じはずですが、何が違うのか。それは信頼関係です。

さらに、医療技術以外のスキルも必要です。例えば、患者さんと向き合って話すときの距離感は、すごく大切です。手を握ったほうが良いのか、不用意に触れるのは良くないのか。声のトーンや口調の速さをどうするかも、常に考えます。結果的に患者さんを傷つけたら何の意味もありませんので、いくら優しい気持ちを持っていても、技術が伴わない心はダメなのです。毎回が真剣勝負ですし、もしかしたらうまくできないかもしれないといつも思います。

 

◆常駐している「ビハーラ僧」が患者さんの日常を支える

――大嶋先生ご自身は、なぜ緩和ケアの専門家の道を選んだのですか。

大嶋 大学1年の時、師匠である高宮有介先生に出会ったのが始まりです。講義を聞いて、「自分が生まれてきた意味はここにあるのではないか」と感動しました。緩和ケアの道に進もうと決めて、大学卒業後はしばらく耳鼻科で頭頸部がんの治療に取り組みながら、ホスピスでも働きました。2012年からこちらの院長を務めていますが、患者さんの話を聞いたり身体をさすってあげたりするのが私の喜びです。逆に言うと、私はこの領域でしか生きていけないタイプの人間ではないかとも思います。

 私にとっては患者さんが一番大事で、直接お会いしなくてもいいし、感謝されなくてもいい。私がマネジメントするこの病院で少しでも良い緩和ケアを提供するというのがプライオリティです。

 

――ご自身は以前から仏教との関わりをお持ちだったのでしょうか。

大嶋 全くありません。中学・高校はカトリックでした。ホスピス医は宗教を持つべきだという考え方もありますが、私は必ずしもそう思っていません。もちろん、私自身の宗教性というかスピリチュアリティはありますが、特にどこかの宗教を信仰しているわけではなく、初詣には神社へ行くしお寺にお参りもします。この病院の院長として宗教を理解することは非常に重要ですが、私自身が宗教者である必要はありません。ここには院長補佐(ビハーラ僧の花岡尚樹氏)がいて、宗教面のリーダーシップを執ってくれています。医療者と宗教者がチームになることが大切なのです。

 

――ビハーラ僧の方々は、どのような役割を担っているのですか。

大嶋 患者さんは、苦しみが和らいでくると話をしたくなりますから、その傾聴を行います。また、ビハーラ僧は患者さんが日常生活を取り戻すお手伝いもします。散歩をしたり、タバコを吸ったり、一緒に音楽を聴いたりするのです。病院生活では治療以外の部分が失われがちですが、やはり余暇の時間は人生にとって大切です。

 患者さんと直接やりとりする以外の役割もあります。私たちの意識はどうしても医療が中心になりがちですが、「本当の患者さんのニーズはどこにあるのか」「患者さんの今の生活で大事なことは何なのか」といったことを、見つけてもらうのです。私たちのチーム医療がうまく回るために、潤滑油としての役割を担っています。

 

◆苦しみを和らげるのは医学の原点

――他の分野の医療とは、さまざまな面で大きく異なる面がありますね。

大嶋 緩和ケアというのは、別に新しい医療ではありません。昔から、人は死んでいきます。死ぬときは苦しいのです。そういった苦しんでいる人を前にして、例えば水を飲みやすいように身体の位置を変えてあげるとか、苦しんでいる時にさすってあげるということがあるでしょう。それらの延長線上に私たちの緩和ケアがあります。苦しんでいる人を何とかしたいというのは医学の原点とも言えるものです。

ただ、医学の進歩は著しく、どんどん増えていく医学知識のなかから末期がんの患者さんに有用なものを学び、それが本当に良いのかどうかメリット・デメリットを考えながら技術を磨いていかなければなりません。それは当然のことです。

――病棟においても、一般的な医療施設とは違いがあるのでしょうか。

大嶋 完全独立型の緩和ケア病棟にはいろいろな特色があります。総合病院の緩和ケア病棟との違いとして、ここには皮膚科や循環器といった専門家はいません。CTやMRIなどの画像検査もありません。しかし、余命2カ月の患者さんには、いろいろな分野の先生や高度な画像検査より、私たちのような緩和ケアの専門家が必要です。余命が1年とか半年の患者さんには他の科の専門家がいないことがデメリットですが、余命2カ月ならそうではない。ですから、完全独立型では余命2~3カ月を切った患者さんを受け入れるべきなのです。

 完全独立型のメリットもあります。他の科の患者さんがいませんので、お酒やタバコはかなり自由です。個室の場合、ペットを部屋まで連れて行くのもOKです。これらは他の科の患者さんがいるとなかなか難しく、独立型だからできることです。衛生上の理由で犬や猫をベッドに上げるのは禁止していますが、私たちが扉を開けると布団に乗っていることもあります。そういう場合、スタッフは「それはルール違反です」とは言わず、そっと扉を閉めます。しばらくして扉を開けて、ベッドから降りていれば、それで良いのではないでしょうか。

 

――これからのビジョンを聞かせて下さい

大嶋 私たちが今やっていることは、もちろん目の前の患者さんのためというのが第一ですが、将来への布石でもあると思っています。医療者だけでは足りない何かを宗教者が埋めるために、何が本当に患者さんのためになるのか、ノウハウを作らなければならない。それは西本願寺がこの病院を置いた意味でもあります。私たちは、そのモデルケースとして先頭を走っていかなければいけないと考えています。

 

【大嶋健三郎(おおしま・けんざぶろう)先生 ご略歴】

1976年、東京生まれ。2002年、昭和大学医学部卒業。同大学にて高宮有介医師に緩和ケアを学ぶ。同大学附属病院、同大学横浜市北部病院などを経て、2012年から「あそかビハーラクリニック(現・あそかビハーラ病院)」院長。医学博士。現在、昭和大学医学部兼任講師、日本死の臨床研究会世話人、大学病院の緩和ケアを考える会世話人、滋賀医科大学クリニカル・インストラクター、長岡中央総合病院緩和ケアチームアドバイザー、宇治久世医師会理事などを務める。