第20回市民公開講座(大阪府内科医会 主催)

 現代社会に忍び寄る

COPD(慢性閉塞性肺疾患)の脅威

 

  佐々木内科クリニック 佐々木 徳久

 

 

 平成25年にスタートした「健康日本21(第二次)」でCOPD*は、がん・循環器疾患・糖尿病と並んで緊急の対策を必要とする生活習慣病のひとつに挙げられました。今後も確実に患者数が増加していくと予想されていますが、残念ながらこの病気についてはあまり知られていないのが実情です。

一般社団法人 大阪府内科医会(福田正博会長)は第20回市民公開講座(平成30年11月3日開催)でこの病気を取り上げました。当日行われた同会理事の佐々木徳久(のりひさ)先生による講演「現代社会に忍びよるCOPDの脅威」を再録(要旨)し、この病気についてご紹介します。

 

 ■わが国のCOPDの患者数は約530万人

 

本日会場にお集まりの皆さんのほとんどはCOPDという病名を初めて聞かれたと思います。平成29年12月にCOPDの正しい知識の普及に取り組んでいるGOLD日本委員会が実施した認知度調査では、74.5%の人がこの病気を知らないと回答しています。多くの人がCOPDを理解していないということであり、この結果に危機感を持った厚生労働省では4年後までに認知度を80%にする目標値を掲げました。それは国民の健康の増進と総合的な推進を図るための基本的な方針である「健康日本21(第二次)」に明記されています。

 WHOによると現在のところCOPDは死亡順位の第4位ですが、近いうちには第3位になるだろうと予想しています。また、アメリカでは多くの疾患において死亡率が下がりつつありますが、COPDだけは逆に上昇傾向にあります。

さて日本の現状はどうかと言いますと、疫学調査では患者数は40歳以上で約530万人、70歳以上では約210万人が罹患しているとされています。年代別に細かく見ていきますと、40代では3.1%、50代では5.1%、60代では12.1%、そして70代ではなんと17.4%の人がこの病気にかかっています(全体では8.6%)。この数字は実に驚くべきものですね。

死亡順位は9位(男性では7位)ですが、男女とも高齢の方が増えていますので、今後は順位を上げていくのではないというのが多くの専門家の見方です。

 

 

 

■発症する最大の原因は喫煙

 COPDという病名は平成13年に作られたもので比較的新しい言葉です。それまでの肺気腫と慢性気管支炎という病気を国際的に統一する名称にしようという目的で作られました。

では、どんな病気かと言いますと肺の炎症性疾患です。そしてその原因となる最大のものは喫煙です。それも長期にわたる喫煙がもっとも大きな要因となります。そのことは喫煙者におけるCOPDの有病率が高いことからも明らかです。

皆さんもよくご存じの落語家・桂歌丸さん。残念ながら平成30年の7月に81歳で他界されましたが、若い時からヘビースモーカーだったそうです。肺への負担を問題視した医師からタバコを止めるように言われてもなかなか禁煙できませんでした。結局、タバコを止めたのは73歳になってからで、5年前にCOPDと診断されました。晩年はほんの僅か数メートルの距離を歩くだけでも息切れしたそうです。高座に上がる時は車椅子で移動されていました。

なぜ、喫煙がCOPDの最大の発症原因となるのでしょうか。

タバコの煙を吸入すると有害な微粒子が肺の中に入ります。それによって気管支に炎症が生じ、その結果として気管支が細くなって空気の流れが低下します。これは酸素の取り込みや二酸化炭素を排出する肺胞が破壊されて起こる症状です。こういう状態のことを私は「肺の中に空き地が生じる」と呼んでいるのですが、肺胞がいったん破壊されると元に戻ることはありません。これがCOPDの怖いところです。

近年は喫煙される方が減少傾向にありますが、いまは禁煙をしていても過去にタバコを多く吸っていた人はCOPDの発症リスクから完全に免れるわけではありません。また、身近にヘビースモーカーの人がいて日頃から絶えずタバコの煙に接しており、いわゆる受動喫煙(副流煙)に曝されている機会が多い場合も発症の可能性が無視できません。いずれにしても喫煙こそがCOPDの発症につながることを理解していただきたいと思います。

 

■どんな症状が現れるのか

 次にCOPDによって現れる症状についてお話しましょう。

 先ほどの桂歌丸さんのケースでも少し触れましたが、もっとも顕著な症状は息切れや息苦しさです。呼吸がしにくくなるんですね。もっとわかりやすく言えば、鼻や口から息を吐くこと、つまり呼気をすることが難しくなります。また、頻繁にセキやタンが出ます。これらの症状はいずれも気管支の炎症に由来するものです。

 COPDの症状はゆっくりと進行します。ほぼ年単位で進むと考えていただいたほうがいいでしょう。つまり、ある日突然にCOPDの症状が現れるわけではありません。そのせいでしょうか、COPDであるのにそう自覚する人は多くはないのです。

たとえば普通に歩いていて、それまでは経験したことがないのに息切れしたとします。でも、それを深刻に受け止めることはなく、年のせいにしたり、日頃からの運動不足のせいにしたりします。その結果、息切れを二度と経験したくないので運動することを避けるようになります。あるいはカゼが治りにくい、呼吸のたびにゼーゼー、ヒューヒューという喘鳴(ぜんめい)がある時も要注意です。

駅などの階段を上っているときに息切れや息苦しさを感じたとしても、次からは無理して階段を上るのは止めようと思ってしまうんですね。そうすることでCOPDは確実に進行していきます。

もちろん、体調の異変を感じて病院を訪れる人もいますが、どういうわけか医師の診察を受けても息切れや息苦しさを主訴として伝えません。これでは対応のしようがないので症状は進んで、取り返しがつかないケースになることもあります。

もうひとつ重要なこととしてCOPDは肺機能を直撃するだけでなく、全身にも影響を及ぼすことです。

これは最近明らかになったことですが、喫煙過多によって肺に起こった炎症によって合併症を引き起こすようになります。たとえば糖尿病や循環器系の疾患(脳血管障害、心筋梗塞、心不全など)、骨粗しょう症、さらにはうつ病や認知症などです。つまりCOPDの発症は全身の病につながるということですね。

医師の立場としては中高年の方で長年の喫煙習慣があり、受動喫煙の機会があってセキやタンが気になる人や息切れ・息苦しさなどの自覚症状がある人については、まずCOPDを疑います。

診察した時はかなり進行していることが多いので、少しでも自覚症状がある時はぜひ信頼のできる専門医のいる病院を受診してください。そんなかかりつけ医をお持ちになることは毎日の健康管理にも役立つはずです。

 

■COPDと診断された時には…

 先ほども申し上げた通り、一度壊れ、変化した肺胞を元に戻すことはできません。しかし、早くにCOPDを発見して適切な治療をすれば症状を和らげたり、病気の進行を抑えたりすることは可能です。

 COPDは肺機能に関わる病気ということでレントゲン検査を希望される人が多いのですが、レントゲンでは異常のチェックができません。早期発見には呼吸機能検査(スパイロメトリー)が有効です。これは最大限に息を吸い込んだのちに最初の1秒間に吐くことができた空気の量を測定するもので、肺に弾力性があり、気道の閉塞などがない場合は測定値が大きくなります。40歳以上の方で喫煙習慣がある場合はぜひ一度、肺機能の検査を受けてください。

 もしCOPDと診断されても気管支を拡張する薬物療法で呼吸困難が改善する場合もあります。

薬物に抵抗を感じる方は息を吐く時に口をすぼめる呼吸法(口すぼめ呼吸)をすることで息切れが軽くなります。また、運動療法も効果的です。息切れをしたくないために体を動かないのではなく、マイペースでいいですからとにかく動くこと、歩くことです。それによって呼吸のリハビリができ、呼吸機能を高めることが可能となります。それから栄養を十分に摂ることも大切ですね。

いろいろと申し上げましたが、COPDにならないための一番の予防策は禁煙です。タバコを止めることがCOPDを悪化させない唯一で確実な道ですから、明日からといわず今日からさっそく禁煙されることをお勧めします。

 

 ●佐々木徳久先生の略歴

昭和63年 防衛医科大学校卒業

その後2年間、防衛医科大学校病院と自衛隊中央病院で初任実務研修

平成2年 自衛隊阪神病院内科勤務

同 10年 清恵会病院(大阪府堺市)内科医長、診療技術部長代理

同 20年 佐々木内科クリニック(大阪府堺市)を開業

日本内科学会、日本呼吸器学会、日本呼吸器内視鏡学会の専門医。 

 

 

【メディカルティールーム】


  今回の公開市民講座でユニークだったのは「メディカルティールーム」という企画です。参加者は入口で好みのペット飲料を選び、会場内に用意されたお菓子をつまみながら講演前の時間を利用して、COPDや「かかりつけ薬剤師」などについて大阪府内科医会の専門医や薬剤師とざっくばらんに質疑応答するもの。また希望者には肺機能測定も実施するなど、医療と市民が一体となったような印象を受けました。