宇多野病院

 脳・神経・筋疾患の

難病医療拠点病院として

 

杉山博医師

(国立病院機構宇多野病院前院長)

 

 国立病院機構宇多野病院(京都市右京区)は、パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)、筋ジストロフィーといった脳・神経・筋肉の疾患の治療における国内最大級の医療機関。約380床を備え、認知症や骨粗鬆症といった長寿医療、リウマチなどの免疫性疾患の治療にも力を入れています。観光名所の嵐山や金閣寺、龍安寺などに近い風光明媚な立地で、療養にも恵まれた環境。2013年から約5年半にわたって院長を務められた杉山博先生に、お話を伺いました。なお、杉山先生は本9月30日をもって同病院を定年退職されました。

 

 ◆関西脳神経筋センターの機能◆

―宇多野病院といえば、脳・神経・筋肉の難病の治療で全国的に知られています。

杉山 主な対象疾患は、パーキンソン病とその関連疾患、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、多発性硬化症、視神経脊髄炎、重症筋無力症のほか、てんかん、認知症、筋ジストロフィーなどで、年間で約1千人の入院患者を受け入れています。神経難病しか診ないというわけではなく、頭痛やしびれ、ふるえといった日常よく見られる症状にも対応しています。日本神経学会認定専門医が11人いますので、ガイドラインに沿うだけでなく、豊富な症例に基づく経験から、一人ひとりの患者さんに最善の治療法を選ぶことができます。CTやMRI、シンチグラフィといった放射線診断装置のほか、一般の病院ではあまり行っていない筋電図による検査や神経筋生検も実施しています。

 歴史を振り返りますと、当院は1920年に京都市立宇多野療養所として設立され、47年に厚生省へ移管された後、70年に国立療養所宇多野病院と改称されました。80年には臨床研究部を設置して薬害スモンの研究を始め、その後の神経難病治療へとつながっています。それまでは結核の治療が中心だったので、当時としては珍しい取り組みで、先見の明があったのだと思います。現在は「関西脳神経筋センター」として難病拠点病院の役割を担っています。

 最も多いのはパーキンソン病とその関連疾患の患者さん。関連疾患というのは、パーキンソン病に似ているけども実は別の病気だというものを意味しており、薬の効き方や予後などが違いますので、これをきちんと区別するのが大切です。そのほか、難病中の難病とも言えるALS、免疫の異常が神経系に影響を与えている神経免疫疾患、例えば多発性硬化症などですが、こういった病気の治療に取り組んでいます。

 

―診断の難しい疾患が多い分野ですね。

杉山 これらの病気では、きちんと患者さんの病歴を聞いてしっかり診察するのが重要で、現場の経験がものを言う世界でもあります。例えば、パーキンソン病で身体の片側が動きにくくなっている患者さんは脳梗塞と間違われることがあります。MRIを取ると実際に小さな脳梗塞が写っていたりするのですが、それは高齢者によくある偶発的な所見で、ちゃんと診断したらパーキンソン病だったということがあります。

 あるいは、何らかの麻痺があって脳の検査を行ったが、実は首のところに原因が存在するということもあります。その場合、いくら検査の結果を見ても診断はつきません。医療機器も大切ですが、こういった場面で神経内科としての力量が必要です。患者さんごとに状況が違うので、ガイドラインだけで割り切れないことも多いのです。

 近年は医療でも人工知能(AI)の活用が話題になります。しかし、神経内科の分野では、ある検査の画像をAIに分析してもらうということはあっても、熟練の医師の診断に取って代わるというところまでは、まだ難しいのではないかと思います。

また、当院は京都市右京区で唯一の公的医療機関ですので、地域医療においても重要な役割を担っています。地域の診療所や保健福祉行政と密に連絡を取り合っているほか、京都府内の保健所へ難病相談の講師を数多く派遣しています。近隣住民の方々は「自分たちの病院」という気持ちを持っていただいていると思います。敷地内には50種類以上の桜があり、毎年「さくらフェスタ」を開催しています。

 

―神経難病患者さんのリハビリや在宅支援にも積極的に取り組んでいますね。

杉山 神経難病の治療ではリハビリが大きな比重を占めます。当院には、理学療法士や作業療法士に加えて言語聴覚士もそろっており、若手・中堅・ベテランがバランスよく配置されています。パーキンソン病に特化したリハビリ(LSVT-BIG,LSVT-LOUD)を行う資格のある理学療法士、作業療法士が多く在籍しているのも特徴のひとつです。

従来から神経難病患者さんを中心に訪問看護に取り組んでいましたが、これを2015年にステーション化して24時間体制としました。医療保険だけでなく介護保険にも対応できるようになりましたので、年間のべ5000件以上の訪問を行っています。患者さんが入院した初期から退院に向けた支援やカンファレンスを行い、スムーズに在宅療養へ移行できるようにしています。最近は別の病院を退院した方などに対しても訪問看護を行っています。

2016年には回復期リハビリテーション病棟を開設し、大腿骨頸部骨折など整形外科の患者さんや急性期をすぎた脳血管疾患の方などのリハビリを集中して行っています。訪問看護ステーションとあわせて、急性期・回復期・慢性期・在宅療養まで幅広く対応することで、地域医療構想にも貢献していると考えています。

◆神経内科専門医の育成に定評◆

―難病治療だけでなく、臨床研究や教育・研修にも力を入れているとのことです。

杉山 臨床、教育、研究が三本柱です。教育・研修の面では、脳・神経・筋の分野における後期臨床研修に特化して公募しており、これまでに多くの研修医を受け入れてきました。当院は本当に症例が多く、毎週10~15人ぐらい新患のカンファがあります。ほかの病院で診断がつかなかった患者さんや治療がうまくいかずこちらに来たというケースも少なくないので、すごく鍛えられます。日本神経学会の教育施設として神経難病の研修を行うだけでなく、ほかの病院と協力して脳卒中や小児神経疾患、てんかんなど幅広くカバーし、神経内科専門医の育成に取り組んでいます。大阪の国立循環器病研究センターと連携しており、互いに研修を受け入れています。これまで神経学会専門医試験の合格率は100%です。今後は、新専門医制度における内科の基幹病院として専攻医も受け入れます。

 病態を解明して新たな治療法を確立するため、臨床研究や治験も進めています。現在、「視神経脊髄炎の再発に対するリツキシマブの有用性の検証」についての医師主導治験を進めています。こうした取り組みは手続きがけっこう大変で、始めるまでに何年もかかります。また、医師だけでなく看護部や薬剤部などの部門でも研究に取り組んでおり、院内の研究会を経て学会発表や論文投稿まで進むことも少なくありません。看護部は京都府と共催で毎年「神経・筋難病看護研修」を行っており、今年度で20回目となります。また、京都府が主催する神経難病関係の研修会に、医師のほか看護部、リハビリテーション科、管理栄養士などが講師として協力しています。

◆患者さんとのコミュニケーション◆

―ご自身は、医療に取り組むうえで、どのような信条をお持ちですか。

杉山 ありふれた言い方になるかもしれませんが、自分や家族が診てもらいたいと思えるような医療を行うことを心がけています。そのためには、診断や治療についてのスキルと、人としての接し方やコミュニケーションの両方が求められます。

 誤解されることもありますが、「患者さんの言うことを何でも聞いて、優しくしてくれる」というのが良い医者ではありません。当然ながら、医療のスキルをしっかり持っていて、患者さんを正しく診断でき、適切な治療を行うことができるというのが、一番大切です。そのうえで、同じスキルを持っているならきちんとコミュニケーションできるほうが良いに決まっています。

そもそも医療そのものにとって意思疎通は重要です。例えば、治療で何らかの副作用が出た時、しっかり医師とのコミュニケーションが取れていないと患者さんはそれを伝えてくれません。「この先生に余計なことを言ったら怒られそうだ」と思われていると、患者さんは何か異常があっても我慢してしまうかもしれません。一方、普段から医師と患者さんが他愛もない話をしていて、何でも安心して話せる雰囲気になっていれば、おかしなことがあった時にきちんと伝えてくれるでしょう。

特に神経内科では患者さんにちゃんと症状を話してもらうことが必要です。そうでなければ正しい診断ができなかったり副作用に気づかなかったりするのです。ただ単に人づきあいというだけではなく、診療のうえでもコミュニケーションが大切なのです。神経難病は患者さんとのつきあいが長くなりますから、なおさら重要です。そうやって初めて患者さんに安心・安全な医療を提供できると考えています。

―日々の医療で感じていらっしゃる現状の問題点などはありますでしょうか。

杉山 最近は、患者さんがインターネットなどで目にする誤った医療情報を信じてしまっていることがあり、どうにかしなければいけないと思っています。せっかく良い治療法があるのに、どう見てもエビデンスのない民間療法とか、怪しい危険な治療を選んでしまうこともあるようです。患者さんへ正しい知識が届くよう、私たち医療者がしっかり情報を発信するようにしなければならないと思っていますが、なかなか難しい問題だと感じています。

 また、これから医師を目指す若い学生さんたちは、私たちのころに比べて、はるかに多くの知識を覚えなければなりません。さらに、医師という職業は答えがあることを素早くこなすのとは違った能力が求められます。難しい診断や予想できない事態を乗り越えながら、患者さんとのコミュニケーションもこなさなければならない。なかなか大変だろうと思います。

―これから未来の医療については、どのようなイメージをお持ちですか。

杉山 先ほども少し触れましたが、人工知能(AI)の登場によって医療がかなり変わるのではないかと思います。すでに画像診断などでは人間より見落としが少ないといった報告が出ているようです。AIを駆使することでより良い医療が可能になるという場面も多いでしょう。そうすると、医師は原点に返って、患者さんと向き合うことにエネルギーを使えます。これは良いことです。たくさんの知識を覚えるのはAIにやってもらって、私たちは人間でないとできないことに集中すればよいのです。

 また、医師数の不足は絶対的です。現状、医師は残業をするのが当たり前ですが、最近は「働き方改革」が求められています。それ自体は良いことなのですが、ますます医師が足りなくなります。それに見合った医師数がいないと間に合いません。

―最後に、ハロードクター読者に伝えたいことがあれば、お願いします。

杉山 宇多野病院は、神経内科の研修に理想的な環境です。いつでも見学を受け入れていますので、神経内科を目指す若い先生方に、ぜひ来ていただきたいと思っています。「働き方改革」の面では、「京都いきいき働く医療機関」の認定を受けましたので、スタッフの気力も充実しています。全職員が力を結集し、医療の原点に立ち返って患者さん中心の医療に取り組んでいます。

 

[杉山博医師の経歴]

1977年3月、京都大学医学部卒業。彦根市立病院内科、関西電力病院内科などを経て、ウィーン大学神経研究所留学。1991年8月、国立療養所南京都病院(現・国立病院機構南京都病院)神経内科医長。2012年1月、同病院副院長。2013年4月、国立病院機構宇多野病院長。2016年11月、京都府保健医療功労者知事表彰。