医療者として誠実であるために

【メディカル・トピックス】医療者として誠実であるために

 

近藤雅彦医師(医療法人近藤クリニック理事長)

 

大阪市北区茶屋町にある「近藤クリニック」は、都会で働く人々を支える医療機関のひとつ。理事長を務める近藤雅彦先生には、浄土真宗の僧籍を持つお坊さんとしての顔もあります。大阪・梅田のど真ん中で医療の最前線に立つ近藤先生に、日々のお仕事から人間の生き死にまで、忌憚のないご意見を語っていただきました。

 

 ◆都会で働く現役世代に医療を提供

 

―近藤クリニックとは、どのような病院なのでしょうか?

近藤 梅田という場所柄、患者さんはサラリーマンなど現役で働いている方が中心で、若い世代も多い。現役時代はうちにいらっしゃって、リタイアすると地元の病院に行く、という方も少なくありません。

ですので、必要に応じて様々な病院を紹介できるよう、普段から意識しています。専門的な治療が必要な場合、どの先生に診てもらったら良いのか。手術や入院の場合は自宅に近い病院を希望するという患者さんに、どこを紹介すれば良いか。そういったことが重要だと考えています。

 中学・高校の同級生に60人ぐらい医者がいますので、そのネットワークも役立っています。やはり顔が見えるということが大切で、いくら有名な先生でもどんな人間が分からなければ患者さんを紹介しにくい。同級生は中高6年間いっしょでしたから、みんな顔がわかりますよ。

―都会ならではの苦労もあるかと思います。

近藤 ある時、中国からの旅行者がいきなり「人工透析をやってほしい」と時間外に電話をかけてきました。紹介状も何もなく、まったくの一見さんです。こうした場合、いくらお金をもらうのでしょうか。一体いくらに設定すれば良いでしょうか。これまで医者はお金の計算をしませんでした。すべて国が決めていたからです。

 ひとつの考え方として、「困っているのだから安い値段でやってあげよう」というスタンスがあります。逆に「困っているなら、砂漠で水を売るように、いくらでも高くできる」と考える人がいるかもしれません。あるいは、その方が自腹で支払うのか、海外旅行保険に入っているのか、という視点もあるでしょう。通訳が必要となれば、そのコストがかかります。一方、私たちが上海で同じように人工透析を受けたら、いくらかかるのでしょうか。だいたい8万円です。

 東京大学、慶応大学、順天堂大学は、保険点数1点につき30円と考えているようです。普通は1点10円ですから、インバウンドの方は3倍ということ。こうしたケースは、これから増えていくでしょう。

 

 ―現代社会の世相を反映していますね。

 

近藤 昨今、一般の患者さんでも「お金を払っているのだから言う通りにやってくれ」という人はいます。しかし、健康保険は公費医療ですから、ルールに則ったことしかできません。それでも、なかなか納得していただけないことが少なくない。抗生剤がほしいという患者さんはよくいますが、それを求められるままに処方したらどうなるでしょうか。その方が高齢になって肺炎にかかった場合、耐性菌だらけで薬が効かないという状態になるかもしれない。それだけでなく、耐性菌をばらまくことで他人に迷惑をかけるかもしれない。しかし、自分の思った通りにならないと怒って帰ってしまう患者さんもいるのです。

 外来診療では、その場で自分にできるかぎりの最善を尽くします。しかし、現実には様々なケースがあります。例えば、子供が熱を出したという母親が夜中にやってきて、「いつから熱があるのか」と聞くと「3日前」だという。どうも、母親は男性と遊んでいたらしい。あるいは、いきなり産婦人科に飛び込んで「産みたい」という方もあります。私たち医者と患者さんというのも人間と人間ですから、自分がなすべきことをせず他者に求めるばかりというのは成り立たないのではないでしょうか。

 ◆仏縁に恵まれて僧籍を取得

―僧侶の資格をお持ちだそうですね

近藤 はい、約7年前に浄土真宗の僧籍を取得しました。たまたま仏縁に恵まれたというか、友人に僧侶がいたので、話を聞くうちに「面白い思想だな」と思ったのが始まりです。私たちは仕事でたくさんの死亡診断書を書きますが、患者さんが亡くなると、ご家族に来てもらって、裏口から帰ってもらって、それで終わりです。言い方は悪いかもしれませんが、医療にとって患者さんが死ぬことは〝敗戦処理〟なのかもしれません。でも、「人間の命というのは、そこで終わりなのか」という気持ちをずっと持っていました。

 浄土真宗では、人が亡くなると仏様になります。四十九日という考え方はなく、亡くなったらすぐお浄土へ行って仏様になるのです。そして、しんどい病気で亡くなった方も、こちらへ帰ってきて私たちを導いてくれる。これは残された家族に優しい考え方だと思いました。亡くなったお父さんやお母さん、亡くなった親しい人に、また会いたい。会える世界があったらいい。その思想を勉強してみようと思ったのです。

もっとも、最初からお坊さんになろうと思っていたわけではありません。西本願寺が通信教育をやっているので、それを3年間で終えたところ、友人の住職から「坊さんになるか」と言われたのです。その時、「現場(葬儀や通夜、法要など)でもうちょっとやってみたい」と思って一歩踏み出し、僧籍を取得しました。

 

―医師としての考え方は変わりましたか。

近藤 患者さんに、「死にますよ」と言えるようになりました。以前は、これから抗がん剤を使うという患者さんから「治りますか」と聞かれ、「そのためにがんばりましょう」などと答えていました。これは詭弁ですよね。質問に答えていない。

 今では、そう聞かれたら、「それは分かりません」「いつか死にますよ」と答えるでしょう。それで嫌われたら、仕方ありません。今では3人に1人ががんで亡くなるというのが現実です。そこで、しんどくないように、さみしくないように、死ねたらいいな、という考え方なのです。

医者と僧侶というのは、人のしんどさにどう寄り添えるのかという意味で、通じる部分があると思います。生きている間は医者が診て、死んだら突然お坊さんの仕事というのは、逆に不自然でしょう。

 医者は、亡くなった患者さんを病院から送り出した後のことが、何も分からない。家族がどのように悲しんでいるか分からないし、お通夜やお葬式に行くわけでもない。お坊さんにしても、亡くなってから来るわけですから、その方がどのように生きて、どんなふうにしゃべっていて、どうやって亡くなったのか、まったく知らない。

これは、僧侶のほうにも問題があります。今では、お坊さんが普段から家に来るとか、お寺でお茶を飲みながら話をするといったことが、ほとんどありません。檀家制度が崩壊しつつあるなかで、何ができるかが問われていると思います。

 

 それから、お通夜や葬儀、法要などでお経を唱えたりしていますが、これは私にとって仕事ではありません。それで生活しているのではないし、お布施のためにやっているわけでもない。あえて言うなら、僧侶というのは〝生き方〟でしょうか。

 小林一茶の句にもありますが、人間というのは葉っぱのうえの朝露のようにはかないもの。それは分かっているけども、何とかならないのか、という思いがある。浄土真宗のお葬式では「天国へ行ってください」とは言いません。「また会いましょう」「お浄土で会いましょう」と言います。

 

◆西本願寺のホスピス施設に協力

―僧侶の資格を持っていることは、あまり積極的に公表されていませんね。

近藤 先ほど仕事ではないと言いましたが、実は少し仕事にも関係しています。京都の西本願寺に「本願寺ビハーラ医療福祉会」という財団があり、看取りの病院、いわゆるホスピスと、診療科を持っていますので、そこの常務理事をしています。もともとは明治時代、貧しい人々に医療を提供しようと始まった施設で、近年は下火になっていたのですが、西本願寺が医師免許を持っている僧侶を40人ぐらい集めて、改めて取り組もうということになったものです。西本願寺医師の会とも連携しながらスタートしました。

 一般的に、がんとエイズ以外の看取り医療は保険点数が低いので、あまり手がけている施設がありません。しかし、西本願寺のビハーラ病院は、どんな人でも看取りましょうという姿勢でやっています。お坊さんも常駐しています。

 また、龍谷大学と東北大学では臨床宗教師という資格を養成しています。うちにも職員さんとして来てもらえるよう、お願いしているところです。臨床宗教師が常駐する一般の病院というのは、まだほとんどないのではないでしょうか。

―最後にひとことお願いします。

近藤 日本の医療制度は限界が近づいており、アメリカのようになると言われています。しかし、例えばアメリカで出産するといくらかかるか知っていますか。1千万円以上です。日本でいかに安く良質な医療が提供されているか、もう少し広く知られてもよいのではないでしょうか。

 

 

[ 近藤雅彦医師の経歴]

昭和63年、順天堂大学医学部を卒業。平成6年、大阪大学大学院医学研究科を修了。市立堺病院、国家公務員共済組合連合会大手前病院、独Medizinische Hochschule Hannoverなどを経て、平成17年から近藤クリニック理事長。医学博士。平成23年に得度し、浄土真宗本願寺派僧侶。大阪府医師会医事紛争特別委員、本願寺ビハーラ医療福祉会常務理事、大阪府内科医会理事など、多くの役職を務める。