これからの再生医療とその役割

これからの再生医療とその役割

 

澤芳樹教授(大阪大学大学院医学系研究科)

 

 新しい医療として注目を集めている「再生医療」は近年、著しく発展しています。さらに、iPS細胞を活用することで、より画期的な治療が可能になると期待されています。平成30年2月、医療業界向けの大型展示会「医療・介護総合EXPO‐メディカル・ジャパン2018」が大阪市内で開催され、心臓の再生医療で世界の最前線を走る澤芳樹・大阪大学大学院医学系研究科教授(心臓血管外科)が、「これからの再生医療とその役割」と題して講演されました。

 ◆細胞シートの移植で心不全を治療

心臓血管外科の医師としては、心不全をいかに治療するかというのが最も重要です。重症の心不全を治療する方法として心臓移植や人工心臓がありますが、日本では今のところ十分ではありません。それを何とかしたいということで、再生医療を手がけてきました。この研究開発を20年ぐらい進め、もう患者さんに届くところまできています。心不全というのは階段を上がるようにだんだん悪化してゆき、最後には心臓移植や人工心臓になります。この間、お薬などによって階段を上がったり下がったりする時期があり、これは可逆的な状態です。ところが、心臓移植や人工心臓ということになると、もう不可逆的です。ここにギャップがあり、現時点では治療法がない。

お薬ではもう何ともできないが、では心臓移植や人工心臓かというと、そこまででもない比較的お元気な方が、たくさんいらっしゃいます。従来の薬剤、デバイスを使った治療を全部やっても心臓の機能の回復がみられない、しかしショック状態の寸前のように循環が持たないというわけでもない方が、数万人ぐらいいると言われています。再生医療の位置づけは、そのような状況に対応するべきものと考えています。

これまで、いろいろな細胞を使った再生医療が世界中で試みられてきました。心臓の場合、ほとんどが注射器で細胞を注入するという治療です。動物実験ではうまくいくのですが、人間では良い結果を得られず、まだ実用化に至っていないのが現状です。2000年ごろに行われた足の筋肉の細胞を使う臨床試験が有名ですが、十分な効果はありませんでした。

なぜ、そうなるのか。注射器で細胞を注入した場合、不確実にしか入らない。入れた針を抜くと、そこから細胞が戻ってきてしまい、結局そこに留まる細胞は全体の10%ほどしかありません。しかも、それが死んでしまうと不整脈の原因になります。すなわち、心臓の再生医療の場合、細胞そのものはもちろん大切ですが、投与方法も非常に重要だと考えられるわけです。

私たちは、2000年から東京女子医大の岡野光夫先生と共同研究を始め、温度を変えるだけで培養皿からシート状に細胞をはがすことができる「温度応用性培養皿」を使う方法を検討してきました。通常、細胞を培養皿からはがす場合、トリプシンという酵素を使ってバラバラにします。これを注射器で投与するのですが、細胞にとって最も悪条件で注入していることになります。温度応答性培養皿を使うメリットは、細胞外マトリックスを維持して、すべてのタンパク質の発現を保っていること。これが細胞のコンディションにとって重要なのです。私たちは、足の筋肉の細胞でシートを作り、それを使った治療でどれだけ心臓の機能が回復するか、検証しました。

その結果、シート状の細胞を移植すると明らかに心臓の機能が回復することが分かりました。さらに、そのメカニズムとして、移植した細胞からいろんなサイトカインが出てくること、血管新生が起こっていることなどを解明できたのです。2007年に一例目の患者さんにこの医療を行い、人工心臓の離脱に至りました。ここから一気に加速して、これまでに患者さん自身の足の筋肉すなわち筋芽細胞を培養したシートで数十例の方々を治療しました。一定の効果があるとはっきり分かったのです。

この治療にはレスポンダーとノンレスポンダーがいます。どんな治療でもすべての方に効くということはありえませんが、この治療は一定の患者さん、一定の疾患に効果があるということが分かってきたので、さらに詳細な検討を加えました。

心筋症には拡張型と虚血性があります。拡張型の方は、たしかに症状の改善はみられるものの、心機能の回復にはかなりバラつきがありました。とりわけ、病気の期間が5年、10年と長い患者さんは、なかなか難しい。一方で、虚血性心筋症、すなわち心筋梗塞が重なって重症化したという患者さんは、ほとんどのケースで改善がみられ、心機能が回復しています。

 ◆再生医療のための新しい仕組み

この治療法について、医療機器・医薬品製造販売大手のテルモ社と一緒にPMDA(医薬品医療機器総合機構)へ行き、治験の相談をしました。その当時、2012年ごろは薬事法のなかに医薬品と医療機器の審査しかなく、私たちの細胞シートは医薬品だと言われました。シート状の細胞はどうみても医薬品でも医療機器でもないのに、なぜそういう薬事審査になるのか。これは、PMDAが悪いのではなく、ルールすなわち法律が科学の進化についてきていないのです。私たちは一丸となって再生医療学会でこのことを表明し、なんとか変えなければいけないと声を大にして訴えました。

例えば馬車の時代に新しく自動車ができたが、それは人をひき殺すおそれがあるから馬車のルールで走れということになったら、モータリゼーションはありません。自動車のために道路をつくり信号をつくり、運転免許の制度を整えて、現在のように発展したのです。やはり、再生医療にも新しいルールを作らなければなりません。

その結果、薬事法の改正で従来なかったルールが盛り込まれることになりました。再生医療製品については、スモールスケールで安全性を確認できれば条件つき期限つきで承認し、そのうえで市販後に有効性を検証するということになったのです。そのため、市販後調査は全例登録とし、徹底して精度の高い検証を行います。従来の薬剤でも長期間かかってマーケットへ出てくるのに、再生医療製品だとさらに時間がかかるのではないかと懸念されていましたが、新しい仕組みができたのです。

この制度によって、患者さんが新しい治療法を利用しやすくなり、企業の投資回収も適正になります。これは今、世界的に認められています。一時、アメリカから大きなバッシングを受けましたが、結局オバマ政権はもっと進んだルールをつくりました。中国やヨーロッパなど、ほかの国々でも同様のルールを適用しようとしています。このルールのもと、私たちのハートシートでテルモさんが治験を行った結果、心機能の改善がみられ、有害事象はありませんでした。たった7例ですが、安全が確認されたということで、薬事承認を得ることができたのです。開発から15年かかったのですが、一昨年から保険診療が始まりました。

◆iPS細胞の登場でさらに進展

 筋芽細胞シートは、とりわけ虚血性心筋症に有効です。ただ、先ほど申し上げた通り、この治療法にはレスポンダーとノンレスポンダーがいる。レスポンダーの方々では心機能の改善が可能ですが、すべての患者さんを治療できるわけではない。もっと良い方法はないのでしょうか。

そこで、足の筋肉ではなく心筋細胞でつくったシートはどうか。心筋細胞をシートにして移植すると、心臓と一緒に動きます。これが頭にある中で、2007年に京都大学の山中伸弥先生がヒトのiPS細胞を樹立されました。さっそく2008年から共同研究を始め、2012年ごろにはブタの実験で検証を行いました。ヒトのiPS細胞を使ってブタの心筋梗塞を改善できるということが確認できたのです。そのメカニズムは割愛しますが、ハートシートはサイトカイン療法でレスポンダーに有効だというのに対し、iPS細胞の場合は出てくるサイトカインが異なるというほか移植した細胞が心臓と一緒に動くということで、より心機能の改善につながるわけです。

そうするうちに山中先生がノーベル賞を受賞されて一層拍車がかかり、いよいよヒトに応用するという拠点事業が2013年から始まりました。これは、細胞の大量培養、そして大量に分化誘導するという、製薬企業でも難しいようなことを大学のひとつの研究室で行うものです。一人の患者さんに1億個以上の細胞を投与しなければならないのです。iPS細胞から分化誘導した心筋細胞は、大変ダイナミックかつパワフルに躍動します。それを見るだけで、未来の予感というか、心機能の回復が実現できそうな期待感を持つことができます。

このプロジェクトも、もうほとんど患者さんに届くところまで来ています。5年以内にファースト・イン・ヒューマン、10年間で製品化を達成ということになっており、ちょうど2018年が5年目です。いよいよ臨床応用ということで、これまでやってきたように、まず最初は虚血性心筋症からファースト・イン・ヒューマンを行うというふうに考えています。これについては、すでにプレスリリースしています。

このように、もう大学の研究室でまかなえないぐらいの成果とノウハウが出てきていますので、これを世に出すには企業化するしかないということで、「クオリプス」というベンチャーを立ち上げました。幸い第一三共さんが出資してくださることになりました。私たちはファースト・イン・ヒューマンに近いところまで来ており、もともと第一三共さんもコスト・ベネフィットを考慮した研究開発をやっていましたので、これらをあわせて世界に勝てるiPS細胞をつくり出そうということです。

◆再生医療の普遍化へ向けた取り組み

このような再生医療を推進しているのが「再生医療学会」です。私は理事長として3期目になりますが、目標は「普遍的な発展」です。再生医療は大きな期待をいただいていながら、まだ本当に役割を果たしているわけではありません。医療の現場で本当にリライアブルな(信頼性のある)治療にしなければなりません。最近はいろんな新しい医療が実際に現場で使われるようになっていますが、再生医療もそこまで発展しなければなりません。アカデミア発のシーズを産学連携で発展させる、これが再生医療学会の最も大きな目標です。

私たちは、再生医療のボトルネックはレギュレーションであり、行政と一緒になって薬事規制の課題を積極的に解決していくということを、2012年に横浜宣言として発信しました。これがもとになって再生医療関連3法ができました。まず議員立法で再生医療推進法ができた後、再生医療安全性確保法と改正薬事法(医薬品医療機器法)ができました。安全性確保法では、臨床研究から自由診療まで再生医療をリスクに応じて分類し、安全を確保することを規定しています。改正薬事法では、再生医療製品の製造・販売における条件つき期限つき承認が定められました。

安全性確保法では、再生医療のリスクに応じた手続きが規定されていますが、実際の数字を見るとほとんどが第三種です。第一種、第二種はアカデミア中心で精度の高い治療ですが、第三種には美容目的などの自由診療も入っています。臨床研究のほうはアカデミアが主体となり、それぞれの経験を再生医療学会がネットワーク化して、オールジャパンで推進します。

また、再生医療に関する臨床研究や治験のデータを一括して管理することも極めて重要な課題です。日本の再生医療のデータを集約し、きちんと活用できるようにする。さらに、このデータから新しい製品が生まれるよう、企業の方々にも活用していただく。再生医療製品の市販後調査も、すべてこのデータベースを使います。いろんな製品のデータがバラバラになるのではなく、一括して共有するのです。

まずは市販後調査が中心ですが、それを臨床研究にもフィードバックして、一貫した横断的データになるようにしたいと思っています。これは海外からも注目されている先駆的な取り組みで、再生医療のデータベースはまだ世界にまったくありません。これを日本から発信していくというミッションのプレッシャーは大きいのですが、再生医療学会としては非常に力を入れて取り組んでいる次第です。

 再生医療の発展において、現在は大変重要な時期です。このタイミングで、再生医療が本当に普遍化できるよう、実現へ向けて努力したいと思っています。

 

 【澤芳樹教授の経歴】

1980年、大阪大学医学部卒業、同大学医学部第一外科に入局。1989年、ドイツMax-Planck研究所心臓生理学部門、心臓外科部門に留学。大阪大学医学部助手、助教授などを経て、2006年同大学大学院医学系研究科心臓血管外科主任教授。その後、大阪大学医学部附属病院未来医療センター長、同病院ハートセンター長、同大学大学院医学系研究科長・医学部長などに就いた。日本再生医療学会理事長(2015年~)など多くの役職も務める。