JICA アジアの医療事情

 

「日本の医療分野の国際協力とアジアの医療事情」

JICA(独立行政法人 国際協力機構)

人間開発部次長兼保健第二グループ長 渡部晃三

 

アジア各地で親しまれている日本が設立を支援した病院

 

アジアでの保健医療分野の日本のODA(政府開発援助)の一つの特色として、病院をはじめとする保健医療施設への協力に長年取り組んできたことがあげられます。その結果、アジア各地には、「日本(の支援による)病院」という愛称で人々から親しまれている病院が各地にあります。

 例えば、ベトナム南部ホーチミン市にある中核病院チョーライ病院は、1900年フランス統治下に創立された100年以上の歴史を有する南部ベトナム最高レベルの病院です。同病院と日本の関係は、1966年から9年間脳外科分野の技術協力が行われ、1971年からは無償資金協力により新病院の建設が始まり、1975年1月に11階建ての新病院が完成しました。しかし、1975年4月のサイゴン解放による南北ベトナムの統一からは、日本との協力関係が途切れ、建物の老朽化が次第に進んでいきました。

 1988年の改革開放政策(ドイモイ政策)の採択から、ベトナムは近代化を目指し、1992年から日越間のODAによる協力が再開されたことを受け、チョーライ病院に対し、老朽化した施設の改善や医療機材を供与する無償資金協力、1995年4月から4年間技術協力によるプロジェクトを実施して病院管理と臨床分野の改善に協力しました。この協力をもとにベトナム南部に協力成果を拡大するため、チョーライ病院が南部ベトナムにおけるトップレファラル病院であるとともに南部の二次病院への技術指導を行なう役割を支援する「現地国内研修」を1999年から5年間行ないました。

 今日では、ベトナムの経済発展とともに高まる医療サービス提供のニーズに対応するために計画された「日越友好病院(チョーライ第2病院)」への円借款による協力を行うための準備のための調査をおこなっています。また、日本人専門家が常駐して、新しい技術協力のプロジェクトも始まっています。

 チョーライ病院は一例に過ぎず、その他にもベトナム北部の中核病院であるバックマイ病院・中部の中核病院のフエ病院への無償資金協力と技術協力を組み合わせた協力等により、ベトナム全国の病院の能力強化に果たした日本の協力の意義は大きなものがあります。ベトナム以外にも、ラオスのセタティラート病院、ミャンマーの新ヤンゴン総合病院、カンボジアの母子病院など日本との協力関係が長く、各国で日本との友好関係の象徴としてとらえられている病院が数多くあります。

 また、中核病院や地域中核病院(州・県レベルの二次病院)への協力は、当該病院への施設・機材の供与を行う資金協力に加えて、病院運営管理や医療スタッフへの技術研修を内容とする技術協力を行っています。このような技術協力では、協力対象病院による、より下位の保健医療施設を支援・スーパーバイズする機能の強化に取組むことにより、地域の医療施設間のリファラル体制を高める協力を行うこともあります。 このように、長年にわたる技術とインフラ支援の両側面にわたる協力の結果、我が国への信頼感が醸成されているアジア各国の病院との間で、今日では、日本の様々な医療事業者等による活動(ビジネスを含む)が拡大していくことが見込まれています。

 

日本の医療分野の国際協力

 日本の保健医療協力では、「自助努力」支援という我が国の国際協力事業を支える理念のもとに、『途上国の保健医療「資源」(人、物、金など)を相手国にあった形で有効活用し、途上国自身に合った形で保健医療の現場を相手国自身の手により運営できるようにするための協力』をめざし、相手国の「持続的な保健システムの強化」への支援に各国の協力現場で取組んでいます。

 今日では、各国のSDGs達成を支援するために、各国のUHC(Universal Health Coverage)を目指す取組み、例えば健康保険制度の改善への支援や、途上国でも課題となっている非感染性疾患 (Non-Communicable Deseases, NSDs)への対応のための病院建設等の協力(無償資金協力に加え、円借款による協力も拡大しています)、新興・再興感染症に対応するための協力(感染症診断のための検査施設への支援)なども行っています。

 また、母子手帳は母親の産前・産後の保健医療サービス提供に関わる各種の情報や、子供の予防接種・成長・栄養等の各種の記録や情報が一つにまとまった冊子であり、母子保健サービスを支えるツールであり住民と保健医療サービスをつなぐものです。アジアでは、インドネシアにおいて同国政府による現地の社会・文化に即した母子手帳の開発を我が国が支援し全国展開を支援した経緯があり、その経験を他の母子手帳導入を進める各国に対する第三国研修を同国政府とJICAが実施しています。この例のように、我が国による長期間にわたる相手国への協力成果を、次にはその相手国とともに他国にも面的に拡大することに力を入れています。

 さらに、科学技術分野の協力を国内の研究機関とともに行う地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)でも、感染症対策の分野で協力を行っています。また、草の根技術協力事業や民間連携事業により、我が国の企業・団体等による途上国での保健分野の取組をJICAが支援することも拡大しています。

 UHCとは、WHOによれば、すべての人々が基礎的な保健医療サービスを,必要な時に負担可能な費用で享受できる状態とされます。そのためには、医療保障(官民によるものを含む)によって、①カバーされる人口の大きさ、②カバーされる保健サービスの範囲、③カバーされる費用の割合、などを各国でできるだけ拡大することが目指されています。日本の、国民皆保険達成(1961年)とその後の変遷、また今日に至る高齢化対策の取組みから学びたいという新興国・途上国は多くあります。アジアにおいても、ベトナム、カンボジア等で健康保険制度の改善のための協力に着手しています。

 また、タイと日本の間の技術協力プロジェクト「グローバル・ヘルスとユニバーサルヘルスカバレッジのためのパートナーシッププロジェクト」では、日本の経験を活かして高齢化等の課題に対応するためのタイ政府の政策と人材の育成を図るとともに、日本とタイの協働により、アジア・アフリカを含む各国のUHCを推進するための「学び合い」と「経験や教訓のグローバルな発信」を促進することを目指しています。

アジアの医療事情の今日

 今日、アジア諸国の経済発展は目覚ましく、例えばカンボジアやベトナムにも日本からイオン・モールが進出し、現地の人々を多く集客するようになるなど、都市部を中心に人々の生活水準の向上も目覚ましいものがあります。

 各国の保健医療関係者の努力と、日本を含む様々な支援により、アジア各国では乳幼児死亡率や妊産婦死亡率などの母子保健指標も改善しつつあります。また、エイズ、結核、マラリアという三大感染症への対策も、日本政府による貢献も大きいグローバル・ファンドなどの各国への支援の結果として、改善が進んでいます。こうした保健医療課題での進展が見られる一方で、心血管疾患、虚血性疾患、糖尿病等の生活習慣病を含む非感染症疾患が各国の疾病負荷の上位に数えられるようになるという状況も生じています。

 また、アジア各国では、高齢化が今後急速に進む事態となっており、例えば、タイでは65歳以上人口の割合が2040年には現在の日本に近い25%台になる見込みであるなど、各国は高齢化に備える必要も高まっています。

 こうした中、アジア各国でも、政府による無償の基礎保健医療提供サービスの強化に加えて、いわゆる国民皆保険制度を既に設立したタイをはじめとし、各国政府により、公的医療保険制度の設立や改善、加入促進などを通じて国民に負担可能な医療サービスの拡大に努めています。

 また、アジア各国では、公的な病院の改善に加えて、私立病院の設立や技術向上が目覚ましいものがあり、医療機材の新規調達・更新の市場も拡大しています。

日本の医療産業への期待

 先進国から途上国への資金の流れは、以前はODA関連が大きな割合でしたが、今日ではそれが逆転し、ODAよりも民間資金が大きな割合を占めており、開発に資する途上国での企業の投資の意義が高まっています。また、我が国政府として日本再興戦略等の民間企業の海外展開を支援する施策を掲げ、保健医療分野でも本邦企業の海外展開を支援しています。こうした中、民間企業の持つ技術やノウハウを用いて途上国の開発に役立つ、企業のビジネスの途上国での展開を、ODAを通じて支援することが、今後ますます重要となっていくと考えています。

 JICAでは民間連携事業により、医療分野での企業の途上国への展開を支援しています。そのうち、日本企業による途上国でのビジネス連携促進のための企業による提案型の調査として、インドネシアでの衛生事業、ベトナムでの障害者支援、ミャンマーでの薬用植物生産・加工、カンボジアでの殺菌剤入石鹸液等の普及、などの事例があります。また、民間技術普及促進のための実証・販路開拓としては、ベトナムでの栄養士制度普及促進、ミャンマーでの予防医療普及促進、などの事例があります。また、中小企業海外展開支援のための事業としても、タイでの障害者支援、ベトナムでのICTを用いた遠隔診断、ベトナムでの抗菌病院資材、カンボジアの医療廃棄物処理、など様々な事例が実施されています。

 また、JICAの海外投融資制度も用いて、日本の病院・企業により、カンボジアに民間救急救命病院が建設され、2016年9月に開院しています。

 

 アジア各国とのODAによる保健医療協力を通じて日本には、その時々の各国の保健医療政策の優先課題を支援し、長期間にわたり取り組んできた協力の歴史と協力相手方の組織(保健医療行政機関や拠点病院等)との強い信頼・協力・連携関係が存在します。今後は、こうした各国の組織との信頼・協力・連携関係を基盤として、ODAだけではなく、アジア各国の保健医療行政機関や拠点病院等と、日本の産官学の様々な主体との間で、グローバル・ヘルスに関する交流関係がさまざまなチャンネルで拡大していくでしょう。また、こうした交流関係の拡大が、日本と相手国の若手人材の学び合いを通じた育成、日本との協働による各国相互間の学び合いの促進などにつながっていくことを期待しています。

 

 

 【渡部晃三(わたなべ こうぞう)略歴】

兵庫県伊丹市出身。

ベトナムやカンボジアでの駐在を経てJICA人間開発部次長兼保健第二グループ長。

アジア大洋州諸国における保健医療協力、母子保健、栄養、非感染症疾患等を担当