音楽は心のビタミン

 

「音楽は心のビタミン」

 

クラシックで、人生をより豊かなものに。

 

兵庫県立芸術文化センター芸術監督

トーンキュンストラー管弦楽団音楽監督  

     指揮者 佐渡 裕

 

毎年恒例の「一万人の第九」や、音楽番組「題名のない音楽会」などで知られる指揮者・佐渡 裕氏。さまざまな世界の一流オーケストラを指揮する多忙な日々を送られているにもかかわらず、地域の音楽・教育活動や被災地復興支援にも力を注がれています。10月の日本公演が決定した佐渡氏に、これまでの音楽家としての人生や、クラシックに対する熱い想いなどを伺いました。

 

 

音楽に必要なもの―――

 

その多くは、京都で学んだ

 

――― ご自身の音楽人生の出発点になったのは?

    実家のある京都ですね。小学校から大学まで過ごした京都は私にとって特別な場所です。幼い頃から自宅にあるクラシックのレコードを聴きながら育ち、京都市交響楽団の公演を楽しみに劇場によく足を運んでいました。ピアノ、フルートを習いながら京都市少年合唱団にも在籍。京都堀川音楽高等学校、京都市立芸術大学へと進みました。こうして振り返ってみると、音楽に必要な基礎の99%は、ほとんどを京都で学んだと言っても過言ではありません。当時の京都は西洋音楽を学ぶ上で充実していました。時代的にも、小澤征爾先生、山本直純さん、岩城宏之さん、黛

敏郎さんなどの諸先輩方がいて、クラシックを身近に感じる音楽番組も始まった…そういう時代の中で、より音楽に夢中になっていきました。

 

―――「クラシックは難しい」という先入観を持つ人はまだ多いのでしょうか?

   そうですね。一般的には「まだ演奏会に行ったことがない」「10分ほどの交響曲にも向き合ったことがない」という方々が多いと思います。「くしゃみを我慢できるか心配」という声もあるようです。でも、そこまで過敏に反応することはないと思います。マナーとして演奏の邪魔をしたくない気持ちがあれば大丈夫。ライブですから。ヨーロッパの演奏会などでは歓声が上がったりもします。それは、音楽がとても身近で生活の中に息づいているからなんですね。ただ、クラシックの演奏は、その静けさの中にも、聴衆の心を震わせる空気があります。そうした生の演奏会で堪能できるゾクゾク感も、ぜひ味わってほしいですね。

 

 

皆と一緒に音楽をつくる

指揮者としての喜び

―――指揮者になりたいと思ったのはいつ頃からですか?また、指揮者の醍醐味とは?

 既に小学校の卒業文集に「大人になったらベルリン・フィルの指揮者になる」と夢を書いています。「題名のない音楽会」「オーケストラがやってきた」などの音楽番組の影響もあり、当時から指揮者への強い憧れがありました。しかし、その頃は私の周りには交響楽団の定期演奏会を任されるような指揮者、マエストロという存在がいなかったし、資格試験もないわけで、音楽の先生に相談しても、どうやって指揮者になればいいのかよくわからない。だから、賛同してくれる人は少なかったですね。ただ、音楽の先生からは「楽器をやっている方が良い指揮者になれる」というアドバイスもあり、大学ではフルート科に属していましたが、指揮者がしたい!という想いが次第に抑えきれなくなり、アルバイトでママさんコーラスや女子高の吹奏楽部の指導を行うようになりました。名門オーケストラを相手にする以前のこの時に、皆で一緒になり音楽をつくりあげる、指揮をすることの“幸福の基準”ができたように思います。演奏者と一体になり、自分たちにしかできない音楽を無我夢中でカタチにして、観客と喜びを分かち合う―――それが、私が実感する指揮者としての醍醐味です。

 

―――師事された小澤さん、故バーンスタインさんについてお聞かせください。

 どちらも、幼い頃から私の憧れの存在でした。小澤先生には、何と言ってもタングルウッド音楽祭のオーディションで私を選んでくださったご恩があります。それまでやっていたアルバイトをやめて勉強に専念するようアドバイスもいただきました。世界の舞台で指揮者として活躍できるのか不安な時期に、最初の道をつくってくださった方です。バーンスタイン先生は、英語の苦手な私を約3年間そばに置いてくださいました。型にはまらない硬軟織り交ぜた指導は、私の人生観にも影響を与えています。指揮者としての幅を広げることができたのは、お二人のおかげです。現在、私の本拠地はウィーンで、1年のうち約6か月間は海外ですが、偉大な先生方に教えていただいたことを糧に、日々研鑽していきたいです。

 

―――地域の芸術文化振興、被災地支援活動も積極的に行っておられますね?

 はい。阪神・淡路大震災の復興のシンボルとして誕生した兵庫県立芸術文化センターの芸術監督を拝命しています。世界から有望な若手演奏家を集め、専属オーケストラとして「兵庫県立芸術文化センター管弦楽団」を編成し、さまざまな公演を通じて優秀な人材を輩出するアカデミーの役割も持たせています。また、それとは別に小3~高3で構成されたスーパーキッズ・オーケストラでの演奏会を開催しており、東北大震災や熊本地震の被災地などにも出向いています。音楽は点数で確認できるものではありません。親しんでいるうちにたまっていく、人生を豊かにする「心のビタミン」のようなものだと私は考えています。音楽に携わる者として、今後もできることを最大限に行っていくつもりです。

 

 オーケストラの魅力をぜひ会場で体感してほしい     

 

―――10月の日本ツアーが決まりましたね?

 ドイツの名門・ケルン放送交響楽団を指揮します。クラシックの原点と言える2曲を用意しました。ぜひこの機会に、ご家族でその素晴らしさを体感してほしいですね。来年は初の本格的なアメリカデビューが控えており、私自身も充実しているので、最高の演奏をお届けできると思います。

 

 [佐渡 裕 略歴]

 

1961年生まれ。京都市立芸術大学音楽学部卒業。1987年「ダングルウッド音楽祭」で小澤征爾、故レナード・バーンスタインに才能を認められ、バーンスタイン最後の愛弟子となる。1989年ブザンソン指揮者コンクール優勝後、翌年デビュー。1995年第1回レナード・バーンスタイン・エルサレム国際指揮者コンクール優勝。現在、パリ管弦楽団、ロンドン交響楽団等、欧州の一流オーケストラに毎年多数の客演を重ねている。2015年9月からオーストリアを代表する100年以上の歴史を持つトーンキュンストラー管弦楽団音楽監督に就任。国内では2005年より兵庫県立芸術文化センター芸術監督、シエナ・ウインド・オーケストラの首席指揮者を務める。