産業医としての役目(JR西日本)

 

産業医と職場の連携強化で、「一億総活躍社会」の実現を

 

政府主導による働き方改革の推進で、厚生労働省でも職場における労働者の健康管理の取り組みを強化しています。目指しているのは、若者・高齢者・女性・男性・障がいのある人も、誰もが、職場や地域で存分に自分の力を発揮して生きがいが持てる社会=「一億総活躍社会」にすることであり、その実現に向けて要となる役割の一端を担うのが、企業に勤務する産業医の存在です。西日本旅客鉄道株式会社 健康増進センター 医長の橋村孝幸先生に、産業医の役割や職場環境の課題についてお話を伺いました。

 

          西日本旅客鉄道株式会社 健康増進センター 橋村孝幸 医長 

 

労働者の健康を見守る

 

産業医という存在

 

―――産業医の仕事は、具体的にどのようなものですか?

 

産業医の役割は労働安全衛生法で定められています。具体的には、月に一度の現場巡視や健康診断後の措置、作業環境の衛生維持管理のほか、残業が月100時間を超える長時間労働者や休職・復職者との面談、さらには衛生・健康に関する啓発など多岐にわたります。労働者の健康障害の原因の調査とともに、再発防止の措置、必要なら直ちに企業側に勧告する義務があるわけです。

 

産業医の仕事は、心身の健康に問題を抱えた社員を早期発見し、所属する企業の健康管理の要として、適切で具体的なアドバイスやサポートを行うことです。産業医の数は事業場の規模、労働者数に応じて定められており、JR西日本の大阪地区では常勤9名、非常勤3名で対応。本社部門に代表される事務系の「間接部門」と、運転士・車掌など運行・車両に直接関与する「直接部門」のすべての現場巡視を行っています。

 

 

 

―――重要な交通インフラを担う企業として、社会的責任も大きいのでは?

 

はい。責任ある公共性の高い仕事に従事していることは、社員それぞれが十分理解しています。2005年の福知山線列車事故のような事故を二度と発生させないという決意のもと、安全性の向上に全員で取り組んでいます。

 

産業医の立場からは、特に運転士や車掌の健康面に留意する必要があります。例えば、最近目の調子が少しおかしい、音や声が聞こえにくい、睡眠薬を飲んでいる、などの状況把握はもちろん、重要なのは本人が無自覚な不調の診断です。実は睡眠時無呼吸症候群であったり、心臓病、うつ病などの病気が隠れている場合があるので、健康診断で発見した場合は、産業医だけでなく精神科医、人事部の協力のもと、迅速に情報交換・共有し、休養勧告や休職判定を行っています。

 

また、産業医は運転士の所属する電車区、車掌の所属する車掌区、運行や信号を管理する指令所、車両の修理やメンテナンスを行う工場のほか、保線区、駅構内、仮眠室などでも現場巡視を行い、安全面・衛生面を確認します。エアコンのフィルターにたまった埃やカビはないか、受動喫煙や騒音・防塵対策はどうか、有機溶剤管理の法令遵守、安全配慮義務違反の有無なども調べ、その上で毎月安全衛生委員会に出席し、委員会メンバーで労災の事例検討や、健康をテーマにしたミーティングを重ねています。

 

 

 

ストレスチェックで、

 

メンタルの変化・傾向・適性を

 

「見える化」 して改善へ

 

―――2015年に国が制度化した「ストレスチェック制度」を、JR西日本は以前から導入していたそうですね? 

 

ほぼ同じチェック項目で平成23年より実施していました。現代では精神面での好・不調が肉体面にも、大きな影響を及ぼすことがわかっていますから、まず社員自身にストレスの負荷がかかっていないか、気付きを促しています。そして、職場環境に原因があるのであれば改善を図っています。「ストレスチェック制度」は疾患のある社員を見つけ出すことが目的ではなく、抑うつ状態や病気にならないようにするための「一次予防」です。

 

現在、ストレスチェックシートには57個の質問項目があり、仕事の不調(量・質)、身体的負担度、コントロール度、職場環境、達成度、働きがい、活気、イライラ、疲労感、抑うつ感、身体的愁訴(しゅうそ)、支援、満足度などについての記入に基づき、回答を数値ストレスプロフィールとして個人データを作成し、検査結果直接本人に通知します。問題点グラフで可視化(=見える化)ているため、単年ではなく2年、3年と検査を継続していくと、その社員のメンタル面の変化が顕著にわかります。いずれかの数値が突出していたり、個人差で極端なバラツキがあったり、また、以前とは別な部分に問題が発生したり、年々ストレス度が改善する人もいれば、悪化する人もいます。

 

 

 

―――チェック後は、どのような形でストレス改善に取り組むのですか?

 

 3つの方向性があります。まず、働く本人にストレスを認識してもらい、対処する「セルフケア」。結果を基に本人との面談で改善ポイントを伝え、労働・睡眠・運動・食事・休養のバランスを見直すなどのセルフチェックを行うよう指導します。結果が思わしくないのに自覚症状のない場合も多々あるからです。

 

次に、部長・課長などの管理監督者が中心に行う「ラインケア」。上司や部下との関係性をつなぐ指揮系統(ライン)の中で、上司は遅刻や早退の増加、仕事のミスが目立つ、表情が曇りがちなど、いつもとは違う部下の変化にいち早く気づき、親身に相談を受けられる体制を積極的に整える必要があります。指揮系統(ライン)自体がストレスの要因ともなり得るため、管理監督者側には十分な配慮が求められます。

 

そして、「職場環境改善」です。職場でのストレスは、任される仕事の自由度、求められる仕事の重要性、周囲の支援者の有無などに左右されます。「ストレスチェック」では「総合健康リスク」という指標があり、このようなストレス度が点数化されていますから、点数が高くなっている職場に対しては個別に現場長、その上司とも面談をして問題点の洗い出しを行います。その上で、相談が必要な場合は人事部門も含めて改善方法を検討します。この取り組みが実を結ぶことで、結果的にパワハラだと思っていた案件が、実は組織の構造的な問題だったりすることもありました。会社の核心的な問題解決にもつながっているのです。人事部門とも密接に連携して、社員一人ひとりが健康で、生き生きと働ける環境づくり、組織づくりに今後も寄与していきたいと強く願っています。それから、改めて言うまでもありませんが、このストレスチェックの結果を人事評価とリンクさせることはありません

 

 

 

もっと浸透してほしい

 

「健康経営」という考え方

 

―――最近、「健康経営」というキーワードを耳にします。これも健康への取り組みの一環でしょうか?

 

 「健康経営」は、社員の健康増進を経営的な視点で考え、戦略的に実践していく取り組みのことです。“社員が健康な企業であるほど、結果的に大きな成果・利益が期待できる”という経営的な視点で成長戦略を考えるもので、経済産業省もその後押しをするように、東京証券取引所と共同で「健康経営銘柄」の選定企業を公表しています。企業の健全な取り組みが、国民の健康寿命の延伸につながるという方針を、国と経済界が推し進めているわけです。社員を大切にする日本式経営をもう一度見直し、世界にも広げようとしている姿勢には共感できます。

 

 私たちもこうした企業の健康対策の高まりを推進していきたいと考えています。以前から取り組んでいる過重労働防止の面談を、人事部門や保健師と連携のもと、計画的な「健康経営」の取り組みとしてやっています。既に休業者数、喫煙率、運動習慣など、個々の具体的な目標値を決めており、徐々に現場に浸透させていきます。

 

 

橋村孝幸医長の略歴

 

 

1977年京都大学医学部卒。1986年同大学院修了。1986年米国クリーブランド・クリニックに2年間留学。1996年国立姫路病院医長。2005年関西電力病院泌尿器科部長。2014JR西日本旅客鉄道株式会社 健康増進センター医長に就任。日本泌尿器科学会(専門医・指導医)、アメリカ泌尿器科学会会員、医学博士。著書多数。

 

 

 

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