認知症予防を考える

高齢者をめぐる医療事情と
認知症予防を考える

 

わが国の総人口1億2,708万人のうち65~74歳は1,708万人(総人口の13.4%)、75歳以上は1,592万人(同12.5%)に達します(厚生労働省の統計・2014年10月現在)。この傾向は今後も続くと見られ、総人口に占める高齢化率はさらに上昇すると予想されます。
世界にも例のないスピード進む超高齢社会の進展は医療分野にも影響を及ぼします。高齢者をめぐる医療事情、高齢になるほど発症しやすい認知症(主にアルツハイマー病)についてまとめました。

■高齢者医療をめぐる動き
 今年の1月、日本老年学会と日本老年医学会は一般的に65歳以上とされている高齢者の定義を75歳以上とし、65~74歳は「心身とも元気な人が多く、高齢者とするのは時代に合わない」として新たに「准高齢者」と位置づける、としました。この提言の背景には、近年における医療の進歩や生活改善によって65歳以上でも身体の働きや知的能力が5~10歳は若返っているという判断があるようです。
 とはいえ、病気を含めて加齢による身体の変化は誰もが遭遇するものであり、それを避けて通ることはできません。それに伴って高齢者の増加を受けた医療環境の整備も急務となっています。
厚生労働省が発表した『後期高齢者医療の在り方に関する基本的考え方(案)』(2007年)では、後期高齢者(75歳以上)の心身の特性について「老化に伴う生理的機能の低下により、治療の長期化、複数疾患への罹患(特に慢性疾患)が見られる」「多くの高齢者に症状の軽重は別として認知症の問題が見られる」と指摘しています。こうしたことを踏まえて後期高齢者の生活の中での医療に欠かせない視点として、療養生活が長引くので高齢者を支える柱は生活の中で提供されることが望ましいこと、そのためには介護サービスを受けているかどうかを含めて本人の生活や家庭の状況等を踏まえた医療が不可欠であることを挙げています。
そのうえで「後期高齢者の尊厳に配慮した医療」として、下記のようなことがあります。
1. 自らの意思が明らかな場合には、これを出来る限り尊重。
2. 認知症等によって自らの意思が明らかでない場合にも人間らしさが保たれた環境での生活を重視し、過度に医療に依存しないことが肝要。
3. 後期高齢者及びその家族が安心・納得できる医療、充実した生活が送れるような信頼感のある医療が重要。


 そのうえで、かかりつけ医と専門医、口腔ケアは介護予防の第一歩であることから歯科と連携体制の確立を提唱しています。最近は病気の治療だけでなく健康づくり、在宅ケア、リハビリテーション、介護、福祉までのサービスを包含する全人的医療を行う地域包括医療やケア体制の取り組みが各地で注目されていますが、この取り組みもこうした方針を受けたものと言えるでしょう。

 

 

■認知症は大きく分けて2タイプ
前記の「後期高齢者の尊厳に配慮した医療」の2に「認知症」という言葉が出てきますが、高齢者と同居されている方、あるいは身近にそのような家族を抱えている人びとにとっては大きな関心を持たれる病気のひとつではないでしょうか(以前は記憶力や判断力に障害が起こる高齢者特有の症状は痴呆症と呼ばれていましたが、2014年12月に厚生労働省は行政用語として「認知症」に改め、日本医師会でもこの用語で病名を統一するように指導しています)。
 厚生労働省研究班の調査によれば、2012年の時点では65歳以上で認知症を発症している人は約462万人であるとされ、3年後の2015年1月には「2025年に全国で認知症を患う人は700万人を超える」という推計を発表しました。約10年で1.5倍にも増える計算で、これに認知症の前段階である軽度認知機能障害(MCI)の患者を加えると国内の患者数は約1,300万人にのぼり、65歳以上の実に3人に1人が認知症あるいはその予備軍ということになります。
認知症と言っても単一ではなく、脳梗塞や脳出血などの脳疾患に起因する脳血管性型と、脳の中に分解されにくい「アミロイドβ(ベータ)蛋白質」が蓄積して老人斑が生じて神経細胞を壊させて脳が萎縮するアルツハイマー型(アルツハイマー病)の2つのタイプが代表的なものです(この2タイプ以外ではレビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などがあります)。
75歳までの人には脳血管性型が多いとされ、75歳を過ぎるとアルツハイマー型が増えると言われています。これまでわが国ではどちらかといえば脳疾患に由来する認知症が多いとされていましたが、食生活で高カロリーが主体となった欧米化が進んだことや高血圧治療の普及や診断精度の向上などによって患者の比率が逆転し、今日ではアルツハイマー病が認知症の6割以上を占めるようになりました。
こうした一方で最近注目されているのが若年性認知症です。一般的に認知症は高齢になるほど発症しやすくなりますが、64歳以下の人が認知症と診断された場合は若年性認知症と呼ばれます。ちょっとした物忘れが目立つようになり、それが高じて仕事や生活に支障が出るようになっても年齢的に認知症であるとは思わず、病院を受診してもうつ病や更年期障害などと診断されてしまうケースが少なくありません。厚生労働省の実態調査(2009年度)では若年性認知症の患者数は約4万人(平均年齢は約51歳)で、女性よりも男性のほうが発症しやすく脳血管性とアルツハイマー病が多く見られますが、アルツハイマー病を中心に患者数が増えつつあるとされています。

 

■どのような症状が現れるのか
 増加傾向にあるアルツハイマー病ですが、どのような症状が現れるのでしょうか?
よく知られているのが記憶障害(何か約束をしていてもそのことを忘れる=物忘れ)ですが、これ以外にも判断力の低下(料理をする時における調味料や食材の使用法がわからなくなる)、見当識障害(自分が置かれている場所や時間、環境についての理解が欠落する)、認知機能障害(身の回りのことができない、文字が読めなくなる)などがあり、これらはアルツハイマー病に必ず起こるものであることから中核症状とされています。
ところで物忘れと言っても単に年をとった(加齢)ことによるものなのか、それとも認知症によるものなのか、家族には判然としないのでやや迷うところですが、医学的な見地からは毎日の生活に欠かせない食事を例に次のような違いが示されています。

 

・ 加齢による物忘れ  →自分が何を食べたか忘れる

(出来事の一部を忘れるが、ヒントがあれば思い出す)
・ 認知症による物忘れ →ちゃんと食事をしたのにそのことを忘れる

(出来事の全体を忘れてしまう)


 アルツハイマー病はいつの間にか発症し、個人差はありますがゆっくりと進行します。その経過には大きく分けて次の3段階があるとされています。

 

【軽度期】  物忘れが見られ、日付や曜日を間違える(思い出せない)
【中等度期】  物忘れが進んで時刻や場所がわからず、季節に応じた衣服が選べない
【高度期】  衣服のボタンが上手く掛けられない、家族の顔や名前がわからない
 軽度期は比較的ゆっくりと進行しますが、中等度期に入るとややスピードが早まってそのまま高度期に至るというパターンが多いようです。

 

■アルツハイマー病の発症を促す7つの危険因子
 現在では記憶障害や見当識障害がアルツハイマー病特有のものであることが広く知られていますが、こうした症状に最初に注目したのはドイツの精神科医アロイス・アルツハイマー博士でした(病名は博士の名に由来)。博士は1906年に開催された南西ドイツ精神科医学会で『大脳皮質における特異で重篤な疾患の経過について』を発表し、これが世界で初めてのアルツハイマー病の症例報告とされています。ちなみに臨床の対象となったのは51歳の婦人でした。
それから今日まで1世紀以上が経過しますが、この間にアルツハイマー病に関する発症の仕組みもかなり明らかになりました。中でも特筆すべきは2010年の米・国立衛生研究所が発表した「アルツハイマー病と認知症の危険因子に関する包括的なレビュー」というデータをカリフォルニア大学サンフランシスコ校のデボラ・バーネス助教授とクリスティーネ・ヤッフェ教授が解析し、アルツハイマー病の原因となる危険因子を特定したことでしょう。両教授がアルツハイマー病の発症につながる危険因子として挙げたのは次の7つです。
  1. 喫煙
  2. 運動不足(身体活動の低下)
  3. 趣味を持つことに関心がない(知的好奇心の欠如)
  4. 中年期における高血圧
  5. 糖尿病
  6. 中年期における肥満
  7. うつ
このうち、3と7以外は脳血管性認知症や脳梗塞の発症要因にもなります。そういう意味ではアルツハイマー病は広い意味における生活習慣病の一種であると言ってもいいかもしれません。そうであれば日頃から高血圧や糖尿病、高脂血症などの生活習慣病改善にしっかりと取り組みたいものです。

 

■日常生活での認知症予防
アルツハイマー病の場合、カロリーを制限した食生活が予防の基本となっています。低カロリーと高脂肪のエサをマウスに与えた実験では、低カロリーの食事を与えた群では大脳皮質にあった老人斑の減少が確認され、高脂肪食の群は老人斑が2倍に増えたという報告されています。この結果から人間の場合もカロリーを制限した食事はアルツハイマー病の予防に効果的とされています。
カロリー制限以外では緑茶も有効で、認知症の患者向けに茶葉を加えた食事を1カ月間セ摂取してもらったところ、認知機能の低下が顕著でした。メニューとしてはハンバーグや鶏のつくねへの茶葉の混ぜ込み、昆布だしと一緒に炊き上げた茶飯がいいかもしれません。もちろん飲用でもOKです。老化によって神経細胞の働きが抑制されるとアルツハイマー病を引き起こす物質「ホモシステイン酸」が脳の神経細胞死を招く働きをすることを実験で明らかにされており、緑茶に含まれるカテキンが血液中にあるこの物質の濃度を下げるためです。このほか赤ワインに含まれているポリフェノール、野菜ジュースなども認知症の発症リスクを低くすることが知られています。
食生活以外ではウォーキングなどの適度な運動をすること、積極的に外出すること、いろいろな人と関わること、絵画や編み物、ダンスなど何でもいいから趣味を持つことなどを挙げることができます。これらは脳を刺激して活性化をもたらし、認知症の発症を抑えることが期待できるからです。いずれも非薬物療法であることも安心です。
一方、脳血管性認知症は壊死した細胞が白くなり、それが増えると発症するMRIやCTスキャンなどの画像検査でチェックが可能です。また動脈硬化も認知症を引き起こす要因となるのでコレステロールの数値にも注意を払いたいものです。
アルツハイマー病であれ脳血管性であれ、認知症は誰もが発症する可能性があります。今後、患者が増えていく中で医療機関だけで対応するのは困難であり、家庭内で一人ひとりを出発点として対策に取り組むことが求められます。それが「よりよい老後」につながるたしかな道のひとつであると言えるでしょう。

 

*この原稿は、武田雅俊(大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室教授)監修『みんなで知ろう! アルツハイマー型認知症』(2012年2月)、白澤卓二(現・白澤抗加齢医学研究所所長)『認知症も脳梗塞も寄せつけない若くて健康な頭になる』(2012年3月)などを参考に編集部でまとめたものです。