人と地域社会のために病院をもっと有益なものにしたい 1

関西医科大学総合医療センター

岩坂壽二 病院長

 

  関西医科大学は1928年に大阪女子高等医学専門学校として開学し、その4年後に附属病院(その後、附属滝井病院)が開設され、地域社会の基幹病院としての医療活動に取り組んできました。2016年5月には新本館(地下1階地上7階建て延べ面積20,7347㎡・296床)の完成を機に「関西医科大学総合医療センター」と改称し、これまで以上に人と地域社会に貢献できる体制を整えています。開設から85年目を迎え、高度医療の提供とともに医療現場の整備や院内調剤など、患者本位という視点を強く打ち出している同センターの現況と今後について岩坂壽二病院長にお聞きしました。

 新本館完成での体制整備と目指したもの (右: 2018年春開園予定の「ホスピタルガーデン」完成予想図)

 

――附属滝井病院から「関西医科大学総合医療センター」へ改称されたのはどうしてですか?

岩坂 これには二つの理由があります。 当センターの前身である附属滝井病院は長い歴史もあって地元の守口市の人びとを中心に広く認知されており、診療圏も守口市だけでなく門真市、寝屋川市、さらには大阪市の旭区、鶴見区、城東区、東淀川区などに及んでいます。エリアとしてはかなり広範なんですが、その反面で病院名がきわめてローカルな印象を与え、どうしても地域を限定してしまうニュアンスがあることは拭えません。そこで新本館を建設したことを契機にこのようなイメージを思いきって払拭し、大阪市及び北河内地域を対象として、より多様な医療ニーズに応える医療機関としてふさわしい名称にしようと考えました。これがひとつ目の理由です。  ふたつ目は、いま言った医療ニーズの多様化ともつながるのですが、新本館には高度医療を提供するための先進機器を積極的に導入して様々な疾病にも対応できるようになり、これによってこれまで以上に地域密着型の急性期医療センターとしての機能と体制を確立することになりました。これは開設から80年以上の歴史を有する病院としての新たな一歩を踏み出すものでもあり、そのことも名称変更の理由になったと言えます。

  ――診療科目も大幅に増えました。

岩坂 現在は血液腫瘍内科から消化器肝臓内科、血管外科、心臓外科、病理診断科、救急医学科、リハビリテーション科まで全部で34の診療科があります。これは民間の綜合病院としては多い方ではないでしょうか。各科と連携する形で診療を支援するためにがん治療・緩和ケア、血管内治療、PET(陽電子放射断層撮影)、化学療法、網膜硝子体など難病も含めた多分野の病気を対象とした23のセンターを設置してチーム医療に取り組んでいます。

  ――多くのセンターのひとつに救命救急センターがありますが、救急病院としての体制はいかがですか。

岩坂 救急搬送については病院側の受け入れ拒否が問題となっていますが、私たちは「断らない病院」を方針として掲げ、全科が一体となって診療にあたっています。そうした中で大きな課題となっているのが自殺未遂者への対応なんですね。救命救急センターを退院後、1年以内あるいは最初の半年間に再び自殺を図る人が多いことが統計的にも明らかとなっています(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所調べ)。

 これを何とか防ごうと2016年1月、救命救急センター内に大阪府自殺未遂者支援センター(IRIS)が開設されました。IRIS(アイリス)というのは「命(Inochi)をレスキュー(Rescue)、 命(Inochi)をサポート(Support)」からきているのですが、センターには専属の精神神経科医、精神保健福祉士が待機して自殺を図った人をメンタル面からケアし、サポートする体制を整えています。

  救命救急センターではこれ以外にもICU(集中治療室)の拡充を図ったほか、新本館のオープンに合わせて総合集中治療部(GICU)が稼働を開始しました。ここにはCT検査から動脈塞栓術や手術を行うことができるIVR/CT((血管造影CT複合型装置)などのハイブリッドな手術室を完備しています。

  IVR/CTはストレッチャーで運び込まれた患者さんを寝台に移せばすぐにCT検査、緊急の手術が行える画期的なシステムで、一刻を争う重症な傷病者に対する初期診療を大きく変えるものだと言えます。これによって救急外来は新たな可能性を拓いたと言っても大げさではありませんし、地元はもとより大阪府民の皆さんを対象とした緊急治療に大きく貢献できるものとなりました。

 

より人に近づいた医療環境の整備を推進

――手術環境の改善にも取り組んでおられますね。

岩坂 当初の構想では手術室は13室を予定していたんですが最終的に11室とし、それによって確保したスペースを活用して設けたのが回収廊下です。

  これはすべての手術例ごとに必要な物品やリネンを前日までに供給するとともに使用後の物品、廃棄物などを別のルートを通じて滅菌材料部に回収するもので、患者さんを手術室に誘導する通路とは別のものです。この空間を新設したことで手術患者が目にする主廊下には使用済みの機器・物品・廃棄物がない状態が保たれ、広くて清潔感のある手術部を維持できるようになりました。私はこれを「上下水道分離方式」と呼んでいるんですが(笑)、それはともかく清潔・非清潔がより区別できる回収廊下を設置することは効率的な汚物処理だけではなく、院内感染の機会を防ぐためにも重要なことであるのは言うまでもありません。  

 また、ハード面についても眼科専用の手術室には関西では初めてとなる輻射熱式空調を備えました。多くの病院では清浄なエアによる空調を使用されていると思いますが意識のある患者さんは体感的に寒さを感じてしまいますし、網膜はく離などの局所麻酔の手術は3~4時間に及ぶことが少なくないので、患者さんだけでなく術者にも長時間の負担を与えてしまいます。

 そこで眼科の手術室には壁面に埋め込んだ温冷パネルで温度を調節する輻射熱式空調を採用し、そうした問題を解決しました。この方式は人に優しい温かさはもちろん、エアによる風の流れがないので浮遊するチリやホコリをほとんど舞い上げることがありません。医療現場としては当然のことながらそうした環境面にも十分な配慮が不可欠です。

 このほか3D画像による内視鏡手術室も開設しています。3Dカメラで立体視ができるようになったので2Dの平面と違い、奥行きの把握が可能なので縫合操作、結紮操作などの術処理は格段に効率が高まりました。

――最近、病院機能を可視化する「クリニカル・インディケーター(臨床指標)」が注目されていますが、これもネットで公開されました。

岩坂 これは2年前から始めました。おそらく関西では先駆けになったと思います。医療機関としての様々な診療や対応した状況をデータとして数値化し、年度などで区切って時系列の変化を評価・分析することで医療の質や医療安全の向上に役立てる指標ですが、ネット上には滝井病院時代のものも含めた2009年からの記録を公開しています。 項目として取り上げているのは医師・看護師・検査技師・作業療法士・研修医などの職員数の推移、患者数、平均の在院日数、病床利用率、不幸にして死亡された患者数とその死亡率、疾病別の退院数、がんや腫瘍などの新生物疾患数と退院数、病理解剖の件数、診療科別の剖検率などです。今後も指標となる項目数は継続的に追加して更新し、提供できる情報をより充実させていく予定です。 この「クリニカル・インディケーター」というのは医療の質をあらわす指標でもあるんですね。近年は病院における医療実態はもちろん安全や安心に対する関心が高まっていますから、診療科各分野で不可欠と思われる指標を設定し、取り組み前後や経年変化などについて定量的に数値で収集・把握して健全な病院運営に反映させたいと考えています。これはより多くの人に「関西医科大学総合医療センター」という医療機関をリアルに受け止めてもらうことを目的といていますが、同時にこうした指標を通じて他の医療機関や施設との比較が可能となり、その良否を客観的に評価していただくためのものでもあるんですよ。

 

 100%近い逆紹介率

――大学病院としての機能を果たしながら地域医療の中核を担っておられるわけですが、地元の医療機関との連携はいかがですか?                                                   岩坂 原則として紹介状のある患者さんはすべて大阪府の北河内地区に限らず関西一円の医療機関様とも密接な連携を保ち、きめの細かい医療サービスの提供に取り組んでいます。そのために当センターだけでなく関西医科大学附属病院(枚方市)、関西医科大学香里病院では「関西医科大学附属病院登録医制度」を設けているほか、患者さんを中心とした安全で質の高い医療の提供を目指し、互いの信頼関係に基づいた円滑な医療連携を図るために「関西医科大学連携病院制度」を発足させ、病院間での情報交換と患者さんのスムーズな紹介関係の構築を進めています。

――逆紹介率が高いそうですね。

岩坂 当院から他の医療機関に紹介した患者さんの割合を示す数字ですが、私立医科大学協会の統計によると100%に近いものとなっています。これは紹介された患者さんの症状が軽い場合はその後の継続した観察を地域の「かかりつけ医」に再紹介するものですから、逆紹介率の数値が高いのは地域の医療機関との連携がうまくいっていることでもあるんです。結果として大学病院などの高度な医療を提供するところだけに患者が集中することを防ぐことになり、急性期を中心とした患者さんを受け入れる余力を確保することにもなっています。 近年の医療現場の多様化を受けて各医療機関の特性や機能を明確にし、地域の医療機関との連携だけでなく担うべき役割や機能を分化させることがプライマリ・ケアの視点からも重視されていますから、今後は逆紹介率の持つ意味が大きくなるかもしれません。 院外処方箋の発行中止とその狙い。

――新本館での活動開始と同時に院外処方箋の発行を全面的に中止されました。この狙いは?

岩坂 院外処方箋を発行するようになったのは附属滝井病院時代の2000年からですが、当時は応需していただく薬局がひとつしかなかったため大阪府薬剤師会の協力を得て広域の薬局に分散して医薬分業体制を整えました。しかし、続けていくうちにメリットを感じなくなったのです。

 まず、患者さんの利便性ですね。院外処方だと外来で受診したあと外に出て薬を受け取らなければならない。しかし、病院内で診療と薬の受け取りができるようになれば患者さんも助かるし、支払いも一回の会計で終了します。もうひとつは費用負担の軽減ですね。ほとんどの場合、診療費と薬剤費を合わせた自己負担は院外処方に比べて安くなります。医薬分業は国の施策として推進されてきましたが、それによって患者サービスが低下したら意味がありません。そのために分業体制を見直したわけです。

  もちろん、これは強制的なものではないので遠方から来院されている人、薬局が自宅に近くにあって便利など様々な理由で院外処方を希望される患者さんに対してはこれまで通りの対応をしています。院内処方に切り替えた当初、利用される患者さんは50%ほどでしたが、現在では80%近くになっています。反響ですか? 処方をオーダーし、会計を済ませたあと最短では20~30分で薬を受け取ることができるので概ね好評です。

  実は、院内処方に切り替えたのにはもうひとつの理由があります。

  ある程度規模の大きな病院になると近隣にはいわゆる門前薬局がたくさん開業しますが、それらは夜間や休日にはシャッターを降ろします。救急用品などの品揃えもありません。人々の暮らしに役に立たない薬局って何だろう、という疑問が以前からありました。加えて、かつては花屋や果物店、ケーキ屋などいろいろな店舗があり、それが日常空間を構成していたと思うんですが、門前薬局がずらりと並ぶことで生活感のない街並みになってしまった。これは人びとの暮らしにとっても不幸なことじゃないか、そういう思いも院内処方に踏み切る要因となりました。 リエゾン精神医療の取り組み

――附属滝井病院は大阪府下でも数少ない精神科病床を持つ綜合病院でしたが、センターでも医療活動としてそれを引き継いでおられますね。

岩坂 精神神経科(39床)でのリエゾン(Liaison=フランス語で「連携」)精神医療ですね。2015年7月に精神科リエゾン医、認知症看護認定看護師、精神保健福祉士で構成するリエゾンチームを発足させ、不眠・不安・抑うつなどの精神及び心理的な問題を抱える患者さんの生活の質をよりよいものにするための治療にあたっています。認知症に関わる看護師がチームの一員になっていますが、これは精神不安が認知症を引き起こすケースが多いからです。  これからはどんな病院でも高度で先進的な医療機器を導入し、それによって早期に疾患が発見され、治癒率も高まっていくでしょうが、その一方でそうした恩恵を受けることのない人びともおられます。リエゾン精神医療はそうした隙間を埋めるためにも欠かせないものだと考えています。 ――ところで旧本館の解体工事が進んでいますが、その跡地に開設予定のホスピタルガーデンとはどのようなものですか? 岩坂 ちょうど国際規格のサッカーグラウンドが入る広さですが、近辺には市民が憩える公園が少ないので緑豊かな空間に整備し、患者さんだけでなく市民の皆さんにも開放して広く利用していただきたいと思っています。2018年の春にはオープンする予定です。 ――どうもありがとうございました。

 

岩坂壽二病院長の経歴

1969年に関西医科大学を卒業後、同大内科学第二講座助教授、同大心臓血管病センター副センター長などを経て2010年に同大附属滝井病院病院長に就任。その後、2016年5月の「関西医科大学総合医療センター」開院に伴って同センター病院長に就任。専門は循環器内科学、血管再生医療の開発。『旧青函症候群の初期評価・狭心症の初期評価』『不整脈の憎悪・誘発因子』など著書多数。