伝統から伝承へ  藤嵜一正氏(大阪府木工芸無形文化財保持者)

伝統と伝承

藤嵜一正

(大阪府木工無形文化財保持者)

       *写真:大阪府教育文化財保護課提供

 

藤嵜一正さんは、平成23年(2011)1月に、大阪府の木工芸での無形文化財保持者として初めて認定されました。平成21年(2009)には、第56階日本伝統工芸展で、高松宮記念賞を受賞されています。
その時の作品は、≪欅拭漆刳貫稜線筥≫で、東京国立近代美術館蔵となっています。ご夫妻で北海道の富良野を旅行した時に見た丘の連なりから着想を得た、緩やかな曲線と、立体の持つ面の対比するゆるやかさのなかに研ぎ澄まされた刳物の筥です。
 藤嵜さんは、京都府舞鶴に生まれました。もともと手職人が多い家系で、手の器用さを受け継いでいました。中学の頃に、木工に興味を待つようになり、木工科に進学しました。その後、思いがけない縁で、富山在住の木工芸家、瀬尾孝正氏に師事をされました。瀬尾氏は、刳物(くりもの)を得意とし、さらに漆塗の技術を用いて、民芸調のものを得意としていました。現在の藤嵜さんの作品の原点がここにあると思えます。

昭和32年、24歳の時、さらなる創造の志から、京都に工房を構えていた木漆工芸家の黒田辰秋氏(後に人間国宝認定・故人)の門を叩きました。当時の黒田氏は、すでに人気作家で多忙を極めており、デザイナー的な仕事を多くこなしていました。住居兼アトリエであった黒田工房に住み込みで修業を始めます。そこでは、藤嵜さんは技術的な面では何も言われることがなかったといいます。伝わってきたのは、「自分で学べ」の意味の大切さです。黒田氏の木に対する真摯な姿勢から学ぶことが多く、自分の感性を磨きものづくりの心構えを探求していきことになりましたれました。
 「工芸は使ってもらうことが前提にある。そのためには懇切丁寧な仕事が必要である。木を眺めながら、わいてきたデザイン・イメ―ジから正確で綿密な設計図を描いていき、図面の寸法をきっちりだす。そのあとは、手の感覚で削っていく。手仕事でやると、面や線におおらかさが出る。そこが醍醐味です。」と藤嵜さんはおっしゃいます。
 また、藤嵜さんは、使ってくれる方を思いイメージして作品を創作し、日本工芸の特質である「用の美」を大事にしている作家です。自分の作品を使って下さる方々に配慮して様々な工夫を凝らしてあるので、木漆工芸品と使う方を思うその心の温かさやてらいのない人柄が伝わってきます。

 

10月に大阪で行われた「あか・くろ・しろ」の『藤嵜一正 木漆工芸展』を訪れました。藤嵜ファンの人々も集まり、盛況な賑わいです。小さなものから大きなものまで、いろいろな作品群が並んでいます。「富良野シリーズ」を生む力となり、ずっと寄り添いをながらずっと支えてこられた奥様は、その日もかいがいしく忙しくされていました。奥様あってこその『槌工房』なのです。
藤嵜さんは、『槌工房』で学ぶ後進の指導にも熱心です。これからも、木を愛し、自分を磨きつつ、感性を養い、これからも自分の望むような作品をつくっていってほしいものです。

 

「あか・しろ・くろ」展に寄せて

                          唐澤昌宏(東京国立近代美術館工芸課長)

 

藤嵜一正さんは、木工の技と漆工の技を融合させた「木漆工芸」に特別な想いを持って作品制作を続けてきました。木工では、木材から削り出していく刳物(くりもの)の技と、板材を組み合わせる指物(さしもの)の技の両方を用いています。また漆工では、木地を生かした拭(ふき)漆(うるし)をはじめ、さまざまな漆塗りを手掛けています。
 藤嵜さんの作品づくりの特徴は、師・黒田辰秋から受け継いだ、素地の制作から塗りや加飾による仕上げまでの一貫制作にあります。今回の「あか・くろ・しろ」と題した展覧会では、まさに藤嵜流の木漆工芸の技を生かした多彩な作品を楽しめることでしょう。

                                                                                                                             藤嵜一正 ご夫妻(個展に)