日本初の『咳外来』を設置

 

日々の堅実な診療から世界を眺める日本初の『咳外来』を設置
肺だけでなく、呼吸に関するすべての器官をチェック

〈「免疫研究所」でがん治療の先進的研究も〉

岡 三喜男教授〈川崎医科大学呼吸器内科〉に聞く

 「咳外来」を日本で最初に開き、「呼吸器科医は鼻腔・口腔から肺胞まで診る」を理念に、呼吸器疾患の診療に新しい技術を採用し、また教室内に「免疫研究室」を新設し、がんを中心に免疫療法に取り組んでいるのが岡 三喜男教授です。

「しつこい咳が出たら」「咳が長く続けば川崎医大」と……

――『咳外来』は、どういう発想から生まれたのですか。

岡 川崎医科大学呼吸器内科を初めて受診する患者さんの65%は「咳」を訴えておられます。この苦痛となる「咳」から、患者さんを速やかに解放することは、私達、呼吸器内科医の使命のひとつです。咳の次が「痰」で40%、喉の違和感が25%、発熱は10%です。

――日本では最初に設置されたとお聞きしていますが。

岡 2006年に開設しました。日本では最初です。その後『咳外来』という名前をつけた診療所が増えました。
咳で苦しまれる人、治らない人が多く、それをどうにかしたいと思ったことと、もう一つは、そういう患者さんを意識して多く診て、私達の診療の技量を向上させたいと考えたからです。
2007年には、咳の原因として多い、好酸球性炎症である咳喘息や気管支喘息の診断に有用な「呼気一酸化窒素測定器」を岡山県で最初に導入しました。呼気一酸化窒素の測定は、感度と特異度も高く、患者さんの負担も少なく、数分で完了します。その結果、咳の迅速な診断と治療が可能になりました。現在、感染症においても迅速診断の可能性を模索しています。
 その結果、「咳が出たら」「咳が長く続けば川崎医大」と受診する患者さんが増えました。簡単な咳の患者さんから、近くの医院にずっと通っても治らない、一年とか二年とか咳が続くという人まで来られます。かなり重篤な病気が発見された方もおられます。

――重い病気と言いますと……。


岡 「咳が長いと結核は?」とよく言われますが、現代は、それよりも気管支喘息や肺がんが見逃されている例が多くあります。

「呼吸器科医は鼻腔・口腔から肺胞まで診る」を基本姿勢に

――鼻・口・肺胞、さらに消化器にも注目されているとのことですが。


岡 空気は、鼻や口を通って肺の中に入って行きますから、私達は鼻や口から肺まで、すべてを呼吸器と捉えて診ています。一般に呼吸器科では、鼻は耳鼻咽喉科の領域と捉えて診ないのですが、鼻の悪い人は呼吸器の病気を抱えている人がかなりおられます。そこで私達は、鼻も一緒に診ることができるようにトレーニングし、鼻のエックス線写真の撮影と読影を心がけています。私達、呼吸器内科で治せない時は、耳鼻科へ紹介します。「呼吸は鼻腔・口腔から肺胞まで」「呼吸器科医は鼻腔・口腔から肺胞まで診る」が私達の基本姿勢です。
 私が研修医時代に習得した「副鼻腔単純写真の読み方」を教室員へ伝授し、全員が副鼻腔疾患を見逃さないように教育しています。「学び」に捨てるものはありません。日本人に多い副鼻腔気管支症候群の診断と治療については、私達、呼吸器科が積極的に関わっています。
 また鼻から呼吸器の間は、ちょうど食道入り口との分岐点ですから、
「胃食道逆流症」と言って、胃液が胃から食道に逆流するとき咳が出ることも頻繁にありますから、消化器も関係します。高齢者や女性にそういう症例が多いのですが、呼吸器だけにこだわっていると見落とします。「胃食道逆流症(GERD)」の診断には、Fスケールなどの簡易問診票も活用しています。

――今の医療は臓器別かつ専門医に進んでいますが、総合的な診療に向かっているのですね。


岡 そうです。咳で来られる患者さんを総合的に診療しないと呼吸器科と言えないと考えています。

――「禁煙外来」も充実されているとか。


岡 2010年12月、川崎学園は「禁煙宣言」を発しました。喫煙は呼吸器の病気、そして慢性咳嗽の最大かつ重要な原因です。「咳外来」の基本は、まず喫煙歴から始まり、降圧薬の服用内容を聴取します。呼吸器科医として、禁煙の推進は社会的義務であり、当科でも禁煙外来を充実させました。また最新のコンピューターソフト 「LungVision」を用いて、胸部CTによる肺気腫の定量的解析をしています。この解析が禁煙推進に大きく貢献することを期待しています。
 私達大学医療人は、地域医療に貢献する大学病院として、先進国日本の大学として国家へ貢献する義務を負っています。そのために何をすべきか常に自問し、教室も大学も理想をどのように具現化できるかが問われています。今後の十年間、創立期からの飛躍をめざして、当大学に必要なものは世界に突出する成果です。やはり基本姿勢は、日々の堅実な診療から世界を眺めることです。「咳」外来は、その具現化の一環です。

肺がん細胞に特異的な免疫抗原を発見
それを目印に攻撃すれば一気に……

――「免疫研究室」を、呼吸器内科の中につくられましたが、その発想は。

岡 2010年、旧知の岡山大学医学部免疫学の中山睿一教授をお迎えし、「免疫研究室」を併設しました。この研究室は世界トップレベルの免疫学的な解析能力を有し、マウスからヒトまで、各種の疾患に対応しています。既に大きな成果が生まれ、われわれは壮大な夢に向かって舟を漕ぎ出しました。 
近年、がん治療成績は集学的治療の進歩によって飛躍的に向上していますが、手術療法、化学療法、放射線療法あるいはホルモン療法抵抗例や再発例では、いまだ有効な治療法はなく緩和療法に留まっているのが現状です。
 ヒトが誕生して、この地球環境の中で今まで生存しているというのは、ヒトにそれだけの免疫力があるからです。同じように、「がん」は身体にとっては異物ですから、常にヒトは死ぬまで「がん」と闘っています。それが最近よく分かって、どんな状況においても、免疫はがん細胞を殺そうと動いています。それをがん治療に使うのは当然です。

――「がん」と免疫が戦ってるプロセスが生きているということですね。


岡 そうです。しかし、がんの方も賢くて、がん細胞は免疫を抑制する物質をもっていることが、最近わかってきました。最近の最も画期的な発見です。その抑制物質を特殊な抗体で破壊すれば、一気に免疫細胞はがん細胞を攻撃します。
 人の免疫は普段からがんと戦っています。それをちょっと手助けしてあげれば、もっとがんを殺しに行きます。そう考えると、もう、間違いなく、次の治療法として確立されます。
 これからの医学のキーワードは「ゲノム、免疫、再生医学」です。生命誕生から人類存続には、生体のごく自然な力が働き厳しい環境の中を生き抜いてきた歴史があり、生命科学が進歩した今日、病気を治すには自然免疫と再生能力を活用するのが理想的です。
 がん領域に限らず、幅広く疾患に新規の免疫学的な考察と手法を応用することを決意しています。現実、バイオ技術の進歩によって、各種疾患に対しワクチン療法や抗体医薬品が続々と臨床に登場しています。日本から新規治療法の開発はわれわれの責務です。 
 近い将来、個人のがんの特性に応じたワクチンと抗体の併用療法が選択される「がんの個別化免疫治療」時代が到来し、私たちの研究が世界のがん患者さんの治療に貢献できることを大いに期待し、全員一丸となって日々頑張っています。


医学生は国家を支えるくらいの意気込みを持って大学生活を


――最後に、このインタビューの読者である、医師、医師を目指す受験生にメッセージを。

岡 豊かな自然環境、図書館をはじめとした充実した設備、臨床・研究に優れた教授陣など、教育環境は非常に恵まれています。さらに現在はネット環境さえあれば、東京など大都会に行かなくても、どんな情報も瞬時に手に入ります。しっかりとした目標と考えを持ち、やる気をもって大学に来ていただければ、十分に医学生の勉強意欲に応えることができます。
 川崎医科大学の医学生の多くは、良き臨床医を目指しています。しかし医療とどのような形でかかわろうとも、医学生は、将来国家を支えるぐらいの意気込みを持って大学生活を送っていただきたいと考えています。高い理想をもった若人が来られることを期待しています。

――ありがとうございました。

岡 三喜男 先生略歴
昭和54年 長崎大学医学部卒業。
長崎県離島医療圏組合五島中央病院内科、
長崎逓信病院内科、
高知県立西南病院内科、
米国国立癌研究所(NCI)
米国国立衛生研究所(NIH)
長崎大学医学部・歯学部附属病院呼吸器内科副科長などを経て、
平成16年 川崎医科大学内科学(呼吸器)教授。
平成21年4月 川崎医科大学付属病院院長補佐。

尊敬し目標とする医師
1857年創立の長崎大学医学部の学祖、西洋医学教育の父、ポンペ先生