第1回 食道がんの現状と展望

 

 

NBIで早期がんが簡単に発見、
しかし手術のできない患者さんが9000人以上も

土岐(どき)祐一郎 先生
〈大阪大学医学部消化器外科教授〉

食道がんは、初期に発見される可能性が非常に高くなってきましたが、発見が少しでも遅れると、手術不可能なまま、亡くなられる例もまだ多くあります。集学的療法、遺伝子診断などで、食道がんの手術に取り組んでおられる、土岐祐一郎先生にうかがいました。


早期の小さいがんで発見されると、胃カメラでの「粘膜切除術」で完治できる

――早期の食道がんが簡単に見つかるようになってきたとのことですが。

土岐 早期の小さいがんの発見件数が、すごい勢いで増えています。かつては食道がんを見つけるにはヨード染色しかなくて、とても面倒でした。ところが最近、NBIという波長の光の色でカメラで食道がんが見つかる方法ができました。

――NBIで見つかった患者さんで、こちらへ来られたときは……。

土岐 消化器内科で内視鏡治療で治します。ファイバースコープで行う「粘膜切除術」です。この段階で見つかった人は、非常にラッキーです。大阪大学へ紹介される食道がんの患者さんはおそらく年に200人以上。毎週内科と合同でカンファレンスをして、これは内科、これは外科、これは放射線科、これは抗がん剤だけとか振り分けをしています。

そのうち、ステージ0の人は年に30から40人ぐらいで、粘膜切除術でほぼ100パーセント治ります。もう少し進んだ、ステージ1になると手術で治る人が80パーセントぐらいですが、この段階だと、放射線プラス抗がん剤で治る人もおそらく70数パーセントいると思います。高齢者や内臓疾患を持った人は放射線プラス抗がん剤を選ぶ人も多くなっています。

しかし、ステージ2、3、になると、治療成績の差が大きく開きます。放射線では遺残や再発が多くなり、手術の方が成績が良くなります。現在日本では手術全体の5年生存率が50パーセントまで改善しています。


早期の小さいがんで発見されると、胃カメラでの「粘膜切除術」で完治できる

――NBIによる早期がん発見で、食道がん治療の未来は明るいと考えていいのですか。

土岐 NBIによる早期発見が増加したと言っても、胃がんのように普及していないので、まだまだ発見が少ない。多くは「食物が飲み込みにくい」という状態で開業医を訪れ、大学病院などに送られてくるのですが、こういう形で食道がんが見つかった患者さんはすでにかなり進行していて、非常に治療が難しい。
 日本全国で食道がんにかかる人は年に2万人。食道がんで死ぬ人が年に1万2000人くらいですが、手術を受ける人が年に5500人で、その半分2700人が助かり、半分の2700人が助からないとすると、1万2000引く2700で9300人は、手術を受けずに、あるいは受けることができずに亡くなっているのです。


――手術を受けるまでに至らないのはどうしてですか。

土岐 発見された時点でがんが進みすぎていて手術ができないのです。食道がんは手術する範囲が非常に広く、頸、胸、お腹、3カ所開かないとできません。特に胸とお腹を同時に開く手術は食道がんしかありません。しかも周りの気管や大動脈に浸潤しやすい。気管や大動脈をいっしょに切除することは、技術的に非常に難しく、現在はほとんど行われていません。さらにこれらの人はご飯が通らないので栄養状態が急激に悪くなり、手術の危険性が大きくなります。

高齢、心臓が悪い、肺が悪い、栄養状態が悪いなどの理由で、「もうこれは危なくてできない」と、多くの医師が手術をやめてしまいます。今の時代は、リスク、リスクという時代なので医師も、少しでもリスクが高いと「手術はやめましょう」「放射線でやりましょう」となります。

あえて手術の危険を冒して取ろうとしない医者が増えて、食道がんで手術を受けることができなかった人、受けずに死んだ人、受けるチャンスなく死んだ人が食道がん全体の半分近くいます。

確かに、周りに大動脈や気管があって、少し大きくなると取れないのです。たぶんピンポン玉くらいまでが限界で、鶏卵くらいになると、取れないケースが多く、テニスボールだと絶対取れません。胃がんでは相当大きくても取れますし、大腸がんでもソフトボールくらいあっても取れますが、食道がんはすぐ取れなくなってしまいます。さらに手術の侵襲が大きいので麻酔ができない、管理ができないっていって、がんセンターなどでも手術しない医師が多いのです。そう言う患者さんの手術をしようというのが、大阪大学の消化器外科です。


――先生のところは最後の砦なのですね。

土岐 そうでしょうね、たぶん、うちで手術できないとか治らないっていわれた人は、治ることはないと思います。 


治る可能性もあり、治らなくても家族とのコミュニケーションのある幸せな最後を

――危険が非常に大きい、必ずしも完治するとは言えない手術を大阪大学がするのはどのような考え方によるものですか。

土岐 手術してたとえ再発するにせよ、手術ができると、一応食事は最後まで食べられますし、息もできますし、家族と意志を通わせることもできます。ところが食道がんで手術ができないと、食事はできない、呼吸もできなくて、非常に辛い最期です。人間の生命活動の一番中心に関わるところがドーンと一気にやられてしまって人間としての尊厳のある最期を迎えることが難しいのです。そういう人が半分近くいるというのは、どうにかしなければと、治療し研究を続けています。


――今、一般的にがんはよく治るものだとか、末期も快適に過ごせるものだという風潮がありますけれど、食道がんの末期はぜんぜん違うのですね。

土岐 違いますね。手術できなかった食道がん患者さんは結構悲惨な最期ですね。もちろん期間はそんなに長くなく、ほんとあっという間なんですけど、その間はやはり……。


――完治しなくても、ある程度元気であれば、家族とのコミュニケーションが取れますからね。

土岐 いろいろなことができます。そういうことがまったくできない食道がんが、今でもやはりかなりの数があるのです。そこをなんとか手術までと思って、大阪大学ではやっています。

そのために抗がん剤や放射線をまず使っていって、ある程度小さくしてから手術に持ち込んでいます。あとは手術前に栄養療法をしっかりやって、かなり状態が悪い人でも栄養状態を上げて、手術できるようにするなど、さまざまな方法を模索しています。



――次回へつづく。


土岐(どき)祐一郎先生略歴
1961年島根県生まれ。
85年大阪大学医学部卒。
近畿中央病院、
コロンビア大学プレシビテリアン癌研究所、
府立成人病センターなどを経て、
大阪大学教授。