第2回 特別インタビュー 国立がん研究センター

<がんにならない、がんに負けない、がんと生きる社会をめざす>

「がんサバイバー」は推計400万から500万人

堀田 知光(ほったともみつ)先生
〈国立がん研究センター理事長〉



――三番目の、「がんサバイバー」の問題というのは。

堀田 今、がんになる人が2014年の推計では年間81万人。がんによる死亡者は36万人。がん経験者すなわち、「がんサバイバー」が40数万人いると推計されます。ごく大ざっぱに言うと1年で40万人ずつ「サバイバー」が増えていきます。それらの人を総計すると、おそらく400万から500万人になります。かつてはがんにかかれば死ぬのが当たり前と考えられていましたので、あまり話題にならなかったのですが、最近はサバイバーがどういう質で生きていくのか、闘病中の人の生活の質をどう高めるのか、治癒したようにみえても再発の可能性のある人、後遺症が残った人がどう生きていくのか、どうサポートするのかは、これからの社会では非常に重要になってきます。

がんになってから人生を全うするまでのプロセス全体の質を向上させる考え方を「サバイバーシップ」と呼びますが、私は理事長に就任して、日本で初めて「がんサバイバーシップ支援研究部」という新しい部門をがん研究センターのなかに設置しました。
がんの診断や治療のあとにも本人や家族が充実した社会生活を送ることに役立つ研究、社会啓発、人材育成の支援を行っています。

――難しい、複雑な問題ですね。

堀田 いろいろな問題がありますが、就労問題がもっとも重要な問題の一つです。
がんになると、約3割の方が離職し、中には解雇されることがあるのが現状です。がんになっても、その人の持っている能力に応じて、きちんと働いて、職場復帰できるように支援することが、日本の社会にとっても、本人にとっても大切です。

日本の生産人口がどんどん減っているなかで、がんサバイバーを排除しては社会が成り立たなくなります。就労問題の研究・サポート体制を充実していきたいと考えています。

マイクロRNAは、純国産の、日本の独自開発の技術


――マイクロRNAが、がんの腫瘍マーカーの最前線として期待されていますが。

堀田 今、がんのマーカーは40種類ほどありますが、スクリーニングとしてエビデンスがあるのは前立腺がんのPSAくらいのものです。
しかもPSAも含めて、今までのがんマーカーは、がんが大きくなる過程で部分的に組織が自然死して、壊れた物質の破片が血液中に流れてくるのを捕まえる方法です。したがって、がんがある程度の大きさにならないと検出できません。

ところがマイクロRNAはがん細胞の壊れた破片ではなくて、がんそのものが生きながらえていくために出している物質を捕まえます。マイクロRNAは22の塩基からなる小さい分子です。それをエキソソームという小さい袋のなかに埋め込んで、がん細胞が分泌します。

そのマイクロRNAには、血管を広げる、がんに対する免疫を抑える、血管を通りやすくするなどいろいろ作用があって、がん細胞はそれを利用して増えたり、転移していきます。それを捕まえますから、マイクロRNAによって早期にがんがみつかるのではないかと期待されています。
人間が持っているマイクロRNAは2500種類ぐらいあるのですが、そのうちの特徴的な組み合わせで、がんの種類と進行度がだんだんわかってきました。

今私達が計画しているのは少なくとも13ぐらいの重要ながんについて、そういった目印を捕まえようと研究を進めています。ただ、陽性になった場合に、どこにがんができたかはわからないので、確定のためにレントゲン検査、PETなどで場所を特定し、その部分の組織を取ってきて、がんを病理的に証明して確定診断をします。
がんが初期から積極的に分泌しているものを捕まえることが、マーカーとしてのマイクロRNAの一番の特徴です。
まだ数百例単位の成績ですが、めぼしいがんについては、スクリーニングの特異性が非常に高いことが、確認されています。しかし本当に正常の人とどれだけちがうかと微妙な線を決めていくには1つのがんについて5000症例ぐらい調べないとはっきりはしません。

――実用にはどれくらいかかりますか。

堀田 5年以内と考えています。
この研究は、患者さんの検体情報がしっかり分かった血液サンプルが、がん研究センターを含めて、日本の「バイオバンク」にあることと、もう一つ、東レ株式会社が持ってるDNAチップという、非常に詳細に微量な変化を同定できる解析システムが合体してはじめて可能になります。日本の独自開発の技術として、純国産でやりたいと思っています。この開発研究はNEDO(新エネルギー産業技術総合開発機構)の大型プロジェクトとして支援を受けてスタートしました。

これまでは、新しい技術のアイデアが日本にあっても、多くは外国で開発され、海外にパテントを取られて、私達日本人は非常に高く買わされているのが現状です。マイクロRNAでこれを逆転したいと思っています。

 

より大きく、広く、深くなっていく「がん研究センター」の役割

――いろいろな意味で、がんセンターの役割が、より大きく、広く、深くなってくると感じますが。

堀田 確かにそうです。しかし、がんセンターだけですべてはできません。大学・がん専門病院・研究機関・企業と緊密なネットワークを構築し、そのハブ機能を果たしていくのが私達の仕事です。ある程度先鞭をつければ、企業などに導出して、企業が独自活動としてすすめればいいと考えています。

――医療の産業化、企業の医療進出についていろいろな考え方がありますが。

堀田 マイクロRNAに見られるように、今がんの領域ではすごいスピードで薬の開発、マーカーの開発などが研究・開発され、患者さんに負担の少ない治療薬・診断薬、医療機器の開発が進んでいます。
今までの日本は、基礎研究のレベルは結構しっかりしたものがあり、技術の開発・技術力もあるにもかかわらず、製品にする段階で決定的に弱く、そのアイデアや技術がほとんど海外に吸い取られて、外国の高いものを買わされています。この状況を逆転できるかどうかが、ここ5年の勝負です。

マイクロRNAをきっかけに、日本の立ち位置をここで変えないと、外国との決定的な差が修復できなくなるだろうと考えられます。「医療が産業か」といわれると、それに対して抵抗感もありますが、技術ということでいえば、日本の技術を、もっと世界に通用するものにすべきだと思います。

――ありがとうございました。


堀田 知光 先生略歴
1944年生まれ、
1969年 名古屋大学医学部卒業、
1970年 名古屋大学医学部第一内科入局、
1990年 名古屋大学医学部第一内科講師、 
1996年 東海大学医学部内科学教授、
2002年 東海大学医学部長、
2006年 独立行政法人 国立病院機構名古屋医療センター院長、
2012年 独立行政法人 国立がん研究センター理事長  (現在に至る)