第1回 特別インタビュー 国立がん研究センター

 

<がんにならない、がんに負けない、がんと生きる社会をめざす>
大学・がん専門病院・研究機関・企業と緊密なネットワークを構築
国立がん研究センターが、ハブ機能の役割を果たして

堀田 知光(ほったともみつ)先生
〈国立がん研究センター理事長〉


国立がん研究センターは2014年度から始まった、新たな「がん研究10か年戦略」のスローガン「根治・予防・共生〈患者・社会と協働するがん研究〉」のもとで研究をスタートしました。「共生」の研究を中心に、堀田知光理事長にうかがいました。


がんを素材として、子どもの時から、人間の生き方の教育を

――がんセンターは、がんの基礎研究と治療から、さらに社会的な分野にも踏み込んだ研究に進まれていますが。

堀田 先端的ながん研究、最新・最善の医療の開発と普及はもちろんですが、がん教育とがんに対応する社会の構築、さらにがんに罹った方の人生をサポートすることを含めて、がんをとらえることが、これからのがんセンターの役割です。それをしなければ、本当のがん対策にはなりません。今までやってきたことをさらに強化すると共に、がんに対する視野を広げて研究を進めて行く必要があると考え、活動しています。

――具体的にどのように活動されているのですか。

堀田 今、三つの課題を設定しています。
まず第一に、「がん教育と啓発」。二番目に、人間の「生病老死」のサイクルを構築するための地域コミュニティの構築。三番目に、日本全国で400万から500万人はいると推定される、がん経験者すなわち「がんサバイバー」をどうサポートできるかという課題です。

――「がん教育と啓発」というのはどのようにするのですか。

堀田 医療の進歩で、90歳の患者さんでも、体力があって、ほかに合併症がなければ、胃の全摘手術、肺の手術などを安全・確実に行えます。
しかし90歳の人が胃がんになって胃を全摘し、あるいは肺を切除しても、その人がもっている元々の平均余命を考えた場合に、根治手術にどれだけの意味があるのかを考えなければなりません。

元々の寿命と競うようながんに対してどこまで手術や化学療法を適用するのか、そのためにかかる社会資源の配分をどう考えるのかという問題です。
今のところ誰も発言していませんが、今や正面切ってそれを議論する時です。人の完成期、個人のエンドステージをどのように過ごすかという問題にもっと正面から向き合う必要があります。

今までのがん治療は、何が何でもがんをやっつけるという考え方で進めてきましたが、これからのがん治療は、子ども・成人・高齢者など、それぞれのライフステージに合った、また一人一人の状況や考え方を尊重した治療をすべきです。

――日本ではそういう議論を避けますね。

堀田 タブーになっています。すべての人がその問題について、個人個人の問題としてきちんと向き合わねばなりません。
そのためには子どもの頃から「がん教育」が必要で、それを大切なことと考える社会をつくる必要があります。その教育や社会がないと、がんの末期に「手術の適応がない」と言われた方は、いきなり「あなたは生きている価値がない」と言われたかのように感じてしまいます。
がん教育は、「禁煙」や「バランスのよい食事」だけではありません。大事なことは、がん教育を通して人間の生きている価値、死生観などを子どもの頃から深く考える人間になるように育てることです。

終末期になっていきなり死の問題に直面するのでなくて、子どもの頃から学校で、がん教育があり、若いときには人生のサイクルを考えた今を生きて、終末期は、健康長寿で、ご本人の納得のできる最期を迎えるといった、生き方・死に方の学習・教育が必要です。
授業内容で言うと、保健体育というよりは、がんという素材を通していのちを考えるカリキュラム内容です。まだ具体的な名前、カリキュラムを組むところまでは進んでいませんが。


「生病老死」のサイクルは、家族ではもう無理
地域のコミュニティの中でこそ


――二番目の課題の、コミュニティの構築というのは。

堀田 現代日本の日常には、身の回りに、死というものがありません。私達が子どもの頃には、「生病老死」が日常のなかにありました。家族のなかでおばあちゃんが死んで、お葬式を出して、一方で家の中で孫が生まれたりして、「生病老死」が日常のなかに存在していました。

今は急な病気や末期になると「とにかく救急車」で病院に連れて行ってすぐ入院。救急の場合には、医師に「家族の方は、ちょっと部屋の外に出ていてください」と言われて、家族が次に病室に呼ばれる時には患者は亡くなっていることも少なくありません。家族は死にしっかりと向き合うことができません。生死に対して向き合う場面はなくなって、人生の大切な部分が切り離されてしまいました。高度経済成長期に、若い労働者が地方から都会にやってきて、団地住まいをして、今やその団地全体が高齢化して、その子どもたちは外へ出て行ってと、世代のサイクルが同じ場所では起こらなくなっています。

――家族の立て直しが必要ですか。

堀田 いえ、私は、日本の現代社会では、「生病老死」のサイクルを元のような家族単位で再構築することは無理だと考えています。家族力を当てにしたケアは、家族の犠牲をさらに強いることになるだけです。家族を含めた地域コミュニティ単位で構築する以外にありません。
地域コミュニティのなかに、健常者・病人・障害者・子ども・老人がいて、その中で「生病老死」の人生のサイクルが回っていく社会が、これからの成熟した社会の姿であり、地域ケアの根幹になると考えられます。
地域コミュニティの力で、介護などは一種の産業にして、みんなで助け合って「生病老死」のサイクルが可能な社会をつくらないと、これからの社会を持続することはできません。


――次回へ続きます。



堀田 知光 先生略歴
1944年生まれ、
1969年 名古屋大学医学部卒業、
1970年 名古屋大学医学部第一内科入局、
1990年 名古屋大学医学部第一内科講師、 
1996年 東海大学医学部内科学教授、
2002年 東海大学医学部長、
2006年 独立行政法人 国立病院機構名古屋医療センター院長、
2012年 独立行政法人 国立がん研究センター理事長  (現在に至る)