全人的医療の実践一般財団法人 住友病院 松澤 佑次院長

 

 暮らしに深く関わる医療機関の形は国公立から私立、個人立(開業医)、民間企業による企業立まで様々です。企業立病院として開院以来95年の歴史を持つ住友病院は市民にも広く開放されていますが、2012年には一般財団法人に移行して新たな歩みを開始しました。
 大阪市北区・中之島、土佐堀川の河畔で総合病院として地域医療の中核的な機能を担う同病院の取り組み、診療体制の充実などについて松澤佑次院長にお伺いしました。

 

土佐堀川河畔にある新病院は2000年9月に完成

 

総患者数の90%以上は一般市民

 
――住友病院は住友グループの社会貢献活動の一環として1921年7月に設立されました(当時は大阪住友病院)。患者となられるのはグループ各社の従業員や家族の方が多いのでは、という印象がありますが。


松澤 住友グループの支援が病院としての出発点となったこともあり、当初はそうした方々が来院されることが多かったようですね。しかしその後、とくに最近はグループ会社の東京などへの本社移転が進み、それにつれて総患者数に占める割合は減るようになりました。いまでは来院あるいは入院される患者さんの90%以上は一般の市民の皆さんです。これは医療機関として時代の変化を受け止め、それに対応したものですが、同時に基本理念である「住友事業精神」を反映したものでもあると言えます。

 

 「住友事業精神」というのは住友家初代の住友政友が遺した商いの心得で、そこに込められているのは浮利(目先の利益)を追わず、公利公益に重きを置くべしというものです。考えてみればこれはすべての医療機関に求められる姿であり、取り組む課題と言えるものです。住友病院も質の高い診療を多くの人々に提供することを目的にスタートしましたが、私たちの原点とも言うべきこの基本姿勢は開院以来今日に至るまで揺るぎはありません。

 


――2000年9月には21世紀を見据えた新たな総合病院としてリニューアルされましたが、その規模(地上16階・地下3階)の大きさに驚きました。


松澤 新病院では医療の全領域をカバーできるような30の診療科を充実させるとともに、診療の効率化と高度化を図る狙いからセンター方式を取り入れました。これは最新鋭の機器・装置を積極的に導入し、患者の皆さんに最先端の医療を提供するという先進の病院機能を発揮することを目指す体制を具現化したものです。許可病床数は499床で、医師を含む職員数は755名という陣容となっています。


 また、当院の医師は京大や阪大、大阪市大、神戸大を中心とした複数の大学出身者で構成されていますが、各診療科とも大学の枠を越えて緊密なチームワークで高度の専門性を発揮することを目指しています。

 

 

「全人的医療」というコンセプト


――そうした新体制のもとで可能となったのが「全人的医療」ですね。


松澤 ええ、総合病院として全人的なバランスのとれた医療の実践に取り組んでいます。
 現在の医療は細分化が進んでそれぞれの分野で高い専門性を備えたエキスパートが養成されるようになりました。私の専門である内科であれば循環器内科、呼吸器内科、消化器内科などに分化し、さらに消化器内科は胃や肝臓、大腸など臓器ごとに分かれています。高度な専門性が発揮できるようになった結果、より明確に病態を把握できるようになり、治療成果もめざましく向上しました。そうした流れを受ける形で診療分野の縦割りを生むことになったと言えます。


 しかし、病気というのはある特定の臓器や部位だけに発症するものではありません。ひとつの病像を探っていくと全身疾患が隠れている可能性が高いんです。ところが専門に特化したために細部の病像だけに焦点を絞ることになり、全身を診るという本来の診療姿勢がやや疎かになってしまいました。こうした問題を解消するために取り入れたのがチーム医療です。


 これは各診療科の連携を基本に専門的なスキルを持った異なる分野の医療スタッフが協働し、それぞれの立場から患者の状況を的確に捉えて治療にあたるものです。全診療科が交流することによって職種の壁を超えたコミュニケーションが可能となるだけでなく、一人ひとりの病態や治療のための情報を共有化することで入院中や外来通院中の方の生活の質(QOL)の維持と向上にも貢献します。

 


――先ほど言われた複数の大学出身者がチーム医療を担うわけですが、その場合、必要となるものは何でしょうか?


松澤 統合性と専門分化の両立ですね。わかりやすい例を挙げてご説明しましょう。

 たとえば、ここにかまぼこがあるとします。それ自体は小さな一切れに過ぎませんが、板の上に乗せることで食品としての形を整え、調理しやすくなります。それを当院で取り組んでいる診療現場に例えますと、専門分化したそれぞれの診療科が全身を診るという医師ならではの知識と経験を駆使し、医療従事者としての共通のマインドを持つ…これを私は「かまぼこの板」と称していますが、そうすることで「板」の上で診療科が一体となり、全身のケアをしながら専門的な治療を行うことができます。このような取り組みを外科など延長線上にある他の診療科にも広げていく、これがチーム医療の基本となる考え方です。

 


――個々の医療スタッフの専門性を生かすことで患者を診る、これが全人的医療に結びつくわけですね。センター方式もチーム医療に関わるものですか?


松澤 チーム医療のひとつの展開がセンター方式です。診療体制には大きく分けて内科系・外科系がありますが、こうした科別診療だけでなく多様な疾病に関する問題を速く確実に解決するために臓器疾患別の診療センターを設置しています。医師・看護師・薬剤師・技師による混成チームを結成して、より高度で良質な医療の提供に取り組んでいます。
 リニューアル時に開設した循環器・呼吸器センター、消化器センターを始めとして透析を行う腎センター、悪性腫瘍を対象とした化学療法センター、動脈瘤疾患に対応した血管内治療(IVR)センター、日帰り手術センターなど10センターが機能しています。

 


――これまでのお話しの通り、特定の領域の疾患しか見ることができない臨床医が増加するというのは医療機関としては見過ごせない問題ですね。


松澤 医療技術の進歩で高度な医療を実現することになったのは歓迎すべきことです。しかし、繰り返して申し上げれば医療にはバランスが欠かせません。それが患者さんにとってもプラスになるからです。


 当院では初期臨床研修(2年間)、後期臨床研修医(3年間)制度を取り入れていますが、多種多様な症例について可能な限りの病歴の聴取、詳細な診察、必要な検査などによって得た情報をもとに的確な診断と治療を実施する研修プログラムを実施しています。地域医療の研修でも僻地(へきち)医療から漢方診療所など幅広い提携先を活用していますが、これもバランス感覚のある若い医師を育てたいという思いを反映させたもので、それが医療の原点に立ち戻った診療実践につながると期待しているからです。
  


積極的な最新機器の導入


――手術支援ロボット「ダ・ヴィンチ」など最新の医療機器も積極的に導入されていますね。


松澤 腹部にがんなどの病変が見つかって摘出等が必要になった場合には開腹手術が一般的です。医師が自分の目で病気の部位を直接見ながら病巣を切り取るわけですが、手術後の痛みなど患者の負担が大きいという問題がありました。その後、低侵襲なものとして腹腔鏡下手術が開発されましたが、モニターを見ながら行うために遠近感がつかみ難いほか、手術手技の難易度もあって高度な技術が必要でした。ロボットアームを操作して患者の体内で病巣を摘除する腹腔鏡手術行う「ダ・ヴィンチ」はそうした課題を克服するために開発されたものです。


 当院は関西でも前立腺がんの全摘手術件数が多いのですが、2012年から保険が適用されるようになったことを受けて現場への導入を急いでいました。ようやく2016年4月に近畿では初めての導入事例となる最新のアップグレードタイプの設置が実現しました。前立腺がんに続いて腎臓がんの内視鏡手術も保険適用(2016年4月)となりましたので、それも含めて今後は外科や婦人科など幅広い分野への幅広い運用も視野に入れています。


 このほか、全身用・心臓用でフルデジタル化によって再現性が高く、精度に優れた血管造影検査装置、従来の2倍のスピードで撮像して心臓のCT検査が可能になった2管球搭載型CT、身体への負担が少なく、大腸に狭窄部位があって内視鏡検査が難しい方向けの大腸CT(仮想大腸内視鏡)など、最新の機器を通じて先進的な医療が提供できる体制の整備にはとくに力を入れています。

 

 

地域医療と連携の拡大と深化


――病院と診療所(クリニック)が役割と機能を分担する病診連携は地域社会における効率率的な医療を提供し、医療費の削減にも一定の効果をもたらすと言われています。そのり組みについてはいかがですか?


松澤 大阪市北区医師会の協力もいただいき、近隣で開業されている医療機関との連携を図るために地域医療連携部を開設したのが1997年2月ですから、20年近くが経過したことになります。


 以来、かかりつけ医の先生方と当院が果たす機能と役割分担を活用した病診連携は何よりも患者の皆さんにとっても有用であると考えており、その推進に努めてきました。エリア的には北区、隣接する西区、さらには阪神間、枚方市周辺までに及んでいます。具体的な取り組みとしては当院では精密検査、入院加療あるいは救急などの治療を行い、検査から診断、治療までが一段落して経過観察に入ると、通院等に便利のいい自宅近くにあるのかかりつけ医にご紹介するという流れですね。


 2003年8月には開放型病床の許可を取得し、地域の先生方との共同診療をお願いしています。
 地域医療に関しては二次救急告示医療機関として救急医療体制を確立しているほか、大阪府がん診療拠点病院としての指定を受けています。この指定は大阪府民の方がんに罹患した時に質の高いがん医療を受けることができる医療機関を選択できるためのもので、わが国に多い5つのがん(肺がん、胃がん、肝がん、大腸がん、乳がん)の診療等に関して要件を満たしていることを示すものです。

 


――定期的に開催されている市民公開セミナーについてもご紹介ください。


松澤 各診療科の医師が専門分野に関する医療トピックス、身近な疾病と治療についての最新の知見をセミナー形式で紹介するもので、14階にある講堂でほぼ月に1度のペースで開催しており、毎回100名以上の方が参加されています。具体的な医療情報の提供を通じて当院と市民の皆さんとの絆を深める試みと言ってもいいでしょう。

 

 

――どうもありがとうございました。

 

 

 

松澤佑次病院長の経歴


1966年に大阪大学医学部を卒業後、同大学医学部第二内科(現・大学院医学系研究科分子制御内科)教授、同大学医学部附属病院長を経て2003年に住友病院長に就任。専門は内分泌代謝学、動脈硬化学。200年度日本医師会医学賞、2004年度武田医学賞をそれぞれ受賞。「メタボリックシンドローム」の概念を提唱したことでも知られる。2015年には瑞宝中綬章を受章した。