第2回 特別取材 シンガポール、先進医療クリニックからのレポート

 

日本でも世界でも、昔から行われてきた

「医療ツーリズム」(メディカルツーリズム)、
「移植ツーリズム」(トランスプラント・ツーリズム)との

違いを明確に

木内 哲也 先生
〈シンガポール マウントエリザベス・ノビーナ病院内 肝臓疾患・生体肝移植専門クリニック〉


「医療を利用したビジネス」でなく、ビジネスとしても成り立ち、
結果として、多くの人が先端医療を受けられるシステム


――「アジアの富裕層を対象にビジネスをしている」という評価がありますが。

木内 現状はそうなっていますし、いまのところ、それが切り口ですが、それだけをするためにシンガポールに来ているのではありません。切り口はそれでもいい。それを利用しながら最終的に、貧困や保険システムの未発達などで、先進医療の恩恵にあずかることのできない人が治療を受ける道を拓くことが目的で、そうでなければ、私達が頑張っている意味がありません。

「ビジネスとしての医療」というと、「医療を利用したビジネス」と捉えられがちですが、そうではなくて、努力した分が報われて、ビジネスとしても成り立つ医療を目指し、その結果として、多くの人々に先端医療を受けていただくことが目的です。

先端医療は、まず技術が議論され、技術がある程度落ち着くと、次に費用、最後に倫理が議論されます。この三つがいつも絡まりながら発達してきています。肝移植も同じです。

日本の技術ノウハウ、経験を生かして、それを広げていくことを模索し、システムの整備など、ビジネスが成り立つシステムを、日本の経験を生かして、積み上げていきたいと考えています。

――シンガポールでの、6か月間の率直な感想はいかがですか。

木内 大学のように、教育もしなければならない環境と違って、一人で動ける人間が協調して治療に専念しますので、意思決定が非常に早く、また、病理・放射線科・内科、時には小児科の医師などと、非常に横のつながりがいいのが特徴です。

さらに、日本ではスマートフォンやアンドロイドは、学生が主に私用で使っていますが、ここでは医師、看護師などすべてのスタッフが仕事のコミュニケーションツールとして活用していますので、レントゲンの結果などは看護師さんが、画像ですぐここへ送ってくれて、やりとりができます。電子カルテは、まだこれからですが、横のつながりが非常に良く、密接に早く連絡を取ることのできる風土が育っています。


――スタッフのみなさんは、国は違うのですか。

木内 国というより人種が違います。インド系、マレー系、中国系、オーストラリア系、イギリス系などで、共通なものは英語しかないので、それ以上入っていかないので、サラっとディスカッションできて、日本人どうしより、距離が保てて、仕事がしやすい面があります。その分、細かいニュアンスが伝わらないところもありますが、基本的にはみんな前向きですから、補足しなければならないところは、仕事をする中で解決できると感じています。


日本でも世界でも、昔から
行われてきた「医療ツーリズム」(メディカルツーリズム)、
「移植ツーリズム」(トランスプラント・ツーリズム)との違いを明確に 

――今、木内先生がされている医療について、日本では、「医療ツーリズム」「医療交流」「医療の発信」など、いろいろな言葉が使われて、混乱しているように感じますが。

木内 日本ではあまり使われませんが、英語では「移植ツーリズム」(トランスプラント・ツーリズム)という言葉があります。これは、「臓器をもらいに行く」ことで、日本人がアメリカに心臓移植を受けに行くのが良く知られている例で、本来アメリカの人に行き渡るべき臓器を外国人が来て、高いお金で持って帰るという意味で、この「トランスプラント・ツーリズム」は、WHOが正式に禁止しています。

一方、「移植医療ツーリズム」は、「国際移植医療」とも言え、ドナーとレシピエントが一緒になって、シンガポールや神戸などの、高度な医療技術を持つ地域に、高度な医療を求めて移動していくことです。インターナショナルな移植医療として、WHOでも正式に認めています。

他国の人の臓器を求めて移動する「トランスプラント・ツーリズム」と、ドナーとレシピエントがいて、技術を求めて移動する「メディカルツーリズム」の違いを明確にしていただきたいと思います。

――そう考えると、日本の「湯治(とうじ)」などの温泉療法も、「医療ツーリズム」なのですね。

木内 そうです。結核でサナトリウムに行くのも、アラブの人がメッカに療養に行くのも、ヨーロッパの人がドイツのバーデン・バーデンに温泉治療に行くのも、みんな昔からある「医療ツーリズム」です。
 それに移植というのが絡むと誤解してしまいます。


――シンガポールにきて、特に気が付かれたことがありますか。

木内 先端医療は、突き詰めていくと経済、お金の話になり、結局、医療費にかけるお金を底上げしないと、受けられません。日本はその点が過剰と言えるほどに解決されている国ですが、多くが税金で払われているために、治療費を安くすることはあまり考えられていません。

シンガポールはGDPに占める医療費支出が、日本の2分の1、アメリカの4分の1で、シンガポール国民でも、お金の切れ目が治療費の切れ目というようなことが生じて、その中で治療費を抑えることに取り組んでいます。将来的には、日本の医師・研究者が短期間でもここへ研修に来て、いかに治療費を低くあげるか、節約して医療効率を考えるかという研修ができればいいと考えています。


――もっと貧困地域で活動すべきだという意見も聞かれますが。

木内 カンボジア辺りの農村や山奥へ行ってやるべきだという意見もあります。しかし最低限のインフラと、技術的レベルがないとできません。現在のインフラとシステム、理想との微妙なバランスの中で、「多くの人々に先端医療を」と言う目標を着実に実現していくことに全力を傾けたいと思っています。



――ありがとうございました。



木内 哲也 先生略歴
1956年生まれ。
京都大学医学部卒。
京都大学医学部付属病院移植外科助教授、
名古屋大学医学部附属病院移植外科教授を経て、現職。